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ブルックナー、8番の交響曲。 [before 2005]

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音楽で世界が浄化できたならば... そんなことをつい妄想してしまう今日この頃、世界を浄化できる音楽があるとするならば、それはどんな音楽だろう?ということで、モーツァルトの「ジュピター」と、シューベルトの「グレイト」を聴いたのだけれど、ここで、大本命、ブルックナー!いや、ブルックナーの交響曲って、「浄化」と言うより、「消毒」ってくらいに強烈なサウンドを放って来て、ただならないインパクトがある。絶対音楽たる交響曲の、その極北にあるだろうブルックナーの交響曲の峻厳さは、聴き手にとって、時として暴力的ですらあって、恐くすらなる(いや、以前は苦手でした... )。けど、それは、間違いなく壮麗で、圧倒的で、音楽というスケールで捉えることをやめると、ナチュラルに受け止めることができるのか... 受け止めてしまえば、後はもう、浄化されるがまま?
ということで、「ジュピター」、「グレイト」に続いての、音楽による浄化の試み、最終兵器!ブルックナーの交響曲... リッカルド・シャイーが率いたロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏で、ブルックナーの8番の交響曲(DECCA/466 653-2)を聴く。

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モーツァルト、ジュピター。 [before 2005]

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近頃、世の中、どんどんこんがらがってます。でもって、誰も、その"こんがらがり"を解こうとはしないのだよね... 解かねば、何も解決しないはずなのに、解こうとしない。それどころか、余計にこんがらがらせて、悦に入っているようなところもあって、いや、もうついて行けない。てか、そのこんがらがり様を、日々、目の当たりにさせられると、疲弊します。ところで、最近、風が強い日が多いような... いや、強いどころか、いろいろ被害をもたらすことも... 夜中なんかに、ゴォーッ、ゴォーッという、凄い音を耳にすると、恐くなる。けど、これって、今の"こんがらがり"を、大気が吹き浄めようとしているのでは?ふと、そんなイメージが頭に浮かぶ。もちろん、春、本格化を前にした気象現象に過ぎないのだけれど、ワーグナーの"指環"の最後に重なるような... 四夜に渡って、ただならずこんがらがってしまった古の世界は、ライン河の氾濫によって、全てが押し流され、清浄を取り戻すわけだけれど、ご都合主義に思えた、あの『神々の黄昏』のフィナーレも、今となっては、もの凄く、共感できる。って、それは、自棄が過ぎるか... そこで、風でも、洪水でもなく、"こんがらがり"を浄めるために、音楽を聴く!
ということで、モーツァルト... アマデウス、神に愛された天才が持つ無垢は、癒しを越えて、浄化を促す?ような気がして... ジョン・エリオット・ガーディナー率いる、イングリッシュ・バロック・ソロイスツの演奏で、モーツァルトが至った希有な境地を響かせる、最後の2つの交響曲、エモーショナルな第40番と、パワフルな41番、「ジュピター」(PHILIPS/426 315-2)を聴く。

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エイヴィソン、ドメニコ・スカルラッティの練習曲に基づく7声の協奏曲。 [before 2005]

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ポルトガル王女からスペイン王妃となったマリア・バルバラ(1711-58)の下、密やかに生み出されていた、マリア・バルバラの師、ドメニコ・スカルラッティ(1685-1757)の鍵盤楽器のためのソナタの数々は、スター・カストラート、ファリネッリ(ロンドンで活躍した後、マドリードの宮廷に招聘されていた... )が見出したことで、1738年、ヨーロッパ切っての音楽マーケット、ロンドンにて、出版される。すると、海賊版が出回るほどの評判を呼び、そこから新たな展開が生まれることに... 鍵盤楽器のためのソナタは、合奏協奏曲にアレンジされる!それは、評判の洋楽を、自国流にアレンジして、より楽しんじゃおう!みたいなノリだったろうか... ドメニコ・スカルラッティに限らず、様々なアレンジ(大人気だったコレッリの作品とか... )を生み出しているのが、18世紀、イギリスの音楽シーンのおもしろいところ。ヨーロッパ大陸を凌ぐロンドンの繁栄がありながらも、海を渡った対岸というローカル性も自覚していた、その頃のイギリス、日本における洋楽、邦楽に似た感覚が存在したのかも?そんな風に捉えると、当時のイギリスの音楽ファンに親近感を覚え、遠い時代がより近くに感じられる気がして来る。
ということで、合奏協奏曲にアレンジされたドメニコ・スカルラッティの鍵盤楽器のためのソナタ... カフェ・ツィンマーマンの演奏で、ヘンデルの時代からヨハン・クリスティアン・バッハがロンドンにやって来た頃まで、作曲家として、著述家として、イギリスで活躍した、エイヴィソン(1709-70)による、ドメニコ・スカルラッティの練習曲に基づく7声の協奏曲(Alpha/Alpha 031)を聴く。

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秘密の実験室で生まれた、不思議な光を放つソナタ、スカルラッティ。 [before 2005]

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鍵盤楽器のためのソナタでお馴染みのドメニコ・スカルラッティ。なのだけど、改めて音楽史からその存在を見つめると、掴みどころがないような印象があって、戸惑いを感じることも... バッハ、ヘンデルと同い年、盛期バロックに活躍した世代でありながら、バッハ、ヘンデルの時代感覚とは、どこかズレているようで、そのズレがまた、より先を行くようでもあり、遅れているようでもあり、鍵盤楽器のためのソナタのみならず、ドメニコ・スカルラッティの音楽に触れていると、時代感覚が消失してしまいそうで、不思議。で、この不思議さは、どこから来るのか?いろいろ考えてみると、マイペースさから来るような気がする。イタリアの最新のスタイルを吸収しようと、そのコピーを試みたバッハ、イタリア・オペラ・ブームに乗りつつ、そのブームに振り回されたヘンデルが象徴するように、モードが強く意識された時代、ドメニコ・スカルラッティは、少し奇妙に思えるほど、そうしたモードから距離を取るのか... なればこそ、その音楽は、今を以ってしても瑞々しさを保ち続けているように思う。
ということで、前回、ピアノによるソナタを聴いたので、今度はチェンバロで... クリストフ・ルセの演奏による、ドメニコ・スカルラッティのソナタ(L'OISEAU-LYRE/458 165-2)。そうして、ドメニコ・スカルラッティ、その人について、改めて見つめ直してみる。

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スカルラッティを、ピアノで、弾く。 [before 2005]

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クープランのクラヴサン曲集を、ピアノで奏でると、クープランの音楽は丸裸にされるようで、ちょっとハラハラさせられる。クラヴサンならば、十分に充たされていたサウンドも、より万能なピアノで捉えると、どこか物足りない?かと思うと、クラヴサン独特の音響によってぼんやりとしていた対位法は、クリアに展開され、刺激的!情緒的ばかりでないクープランの聴き応えが、新鮮。いや、良くも悪くも、ピアノというマシーンの前では、偽ることができないのだなと... いつものように、ピアノのための作品を、ピアノで聴いていてはわからない感覚が、実に興味深く、今さらながらに、ピアノの凄さを思い知らされる。一方で、チェンバロとピアノの間にいた作曲家の音楽はどうだろう?クープランの17歳年下となるバッハは、ピアノのための作品は書いていないものの、ピアノを弾く経験をしている。で、その経験は、鍵盤楽器のための作品を書く上で、某か作用しているように感じる。ピアノのために最初の作品を書いたジュスティーニは、バッハと同い年。そのピアノのための12のソナタは、明らかにピアノのための音楽であることを意識させられる。それから、もうひとり同い年の作曲家、ドメニコ・スカルラッティは...
ということで、バッハよりも早くピアノに触れていたかもしれない、ジュスティーニより早くピアノで弾くことを意識した作品を書いていたかもしれない、ドメニコ・スカルラッティに注目。鬼才、イーヴォ・ポゴレリチの演奏で、ドメニコ・スカルラッティのソナタ(Deutsche Grammophon/435 855-2)。ピアノによるクープランに続いての、ピアノによるスカルラッティを聴いてみる。

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クープランを、ピアノで、弾く。 [before 2005]

ピアノが発明されるのが、1700年前後。初めてピアノのために作品が書かれるのが、1732年。多くの鍵盤楽器のための作品を書いたバッハ(1685-1750)は、1730年代にピアノを弾く経験をしているが、ピアノのための作品は残さなかった。が、そのバッハの末息子、ヨハン・クリスティアン(1735-82)は、1762年にロンドンに渡り、量産されるスクエア・ピアノを目の当たりにし、やがてピアノのためのコンチェルトを書いている。そのロンドンのバッハ、ヨハン・クリスティアンを訪ね、影響を受けたのが、最初期のピアノのヴィルトゥオーゾ、モーツァルト(1756-91)。という風に振り返ると、ピアノという楽器が音楽シーンの中心で輝くには、おおよそ3世代が必要だったことが浮かび上がる。そして、その3世代の間に、クラヴサン―チェンバロは、じわりじわりと衰退して行ったわけで、バロックから古典主義へとうつろう中での、鍵盤楽器の栄枯盛衰は、感慨深いものがある。
そんな栄枯盛衰を乗り越えて?クラヴサン黄金期の作品を、ピアノで聴いてみたら... ということで、カナダのピアノのマエストラ、アンジェラ・ヒューイットが弾く、クープランのクラヴサン曲集、2タイトル。第2巻と第3巻からの組曲による1枚目(hyperion/CDA 67440)と、第4巻からの組曲を取り上げる2枚目(hyperion/CDA 67480)の2つのアルバムを聴く。

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フランス・クラヴサン楽派、黄金期、クープランと、その後で... [before 2005]

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フランス・バロックに欠かせないクラヴサン... そういう位置にクラヴサンを押し上げたのが、ルイ13世(在位 : 1610-43)、ルイ14世(在位 : 1643-1715)の2代の王に仕えた、誇り高きヴィルトゥオーゾ、シャンボニエール(ca.1601/02-72)。その弟子で、後継者、ダングルベール(1629-91)、もうひとりの弟子、ルイ・クープラン(ca.1626-61)らの活躍があって、大きな花を咲かせたフランス・クラヴサン楽派。やがて、フランソワ・クープラン(1668-1733)が登場し、フランス・クラヴサン楽派は黄金期を迎える。その流れを改めて辿ってみると、圧倒される... いや、これほどの鍵盤楽器の楽派、ちょっと他には探せない。クラヴサン―チェンバロは、イタリアで生み出された楽器だけれど、イタリアを遥かに越えた展開を見せたフランス... クラヴサンの響きは、フランス人の感性に、見事にはまったわけだ。そのはまりっぷりは、バロックを越えて、ピアノの時代を迎えようとする頃まで続く... でもって、黄金期を迎えたフランス・クラヴサン楽派の、その後は、どうなる?
というあたりに注目する、興味深いアルバム... 中野振一郎のクラヴサンで、クープランと、その後のフランス・クラヴサン楽派の展開を、丁寧に年代を追って取り上げる1枚、"Les portraits de Versailles"(DENON/COCO-78200)。18世紀、フランス、バロックから古典主義へ、時代の大きな流れの中に見出す、クラヴサンという楽器のドラマティックなストーリー。

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新しい時代、リュリの時代のクラヴサン奏者、ダングルベール。 [before 2005]

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中世以後、ローカルな立場に留まっていたフランスの音楽。ローカルだったからこそ、じっくりと独自の進化を遂げることに... ルネサンスの終わりには、イタリアのモノディの発明と共鳴するような単声の歌曲、エール・ド・クールを誕生させ、さらにイタリアからバレット(歌と踊による幕間劇のようなもの... )を輸入して、バレ・ド・クールに発展させるなど、イタリアのような派手な革新は起こらないまでも、しなやかに革新をやってのけた。その革新を支えたのが、宮廷に仕える世襲の音楽家たち... で、世襲だったからこその、しなやかな革新だったのだと思う。親から子へと受け継がれる革新は、伝統へと洗練されながら、時間を掛けて熟成され、才能がぶつかり合ったイタリアには無い、朗らかなバロックを出現させる。それは、ある種の育ちの良さなのかもしれない。が、そこに、アンファン・テリヴル、リュリが乗り込んで来る!太陽王のお気に入りは、若干、21歳でシャンブルの一員となり、世襲の音楽家たちを相手に臆することなく振る舞って、にわかに宮廷は波立つことに...
ということで、波立って、チャンスを得た人物に注目。前回、聴いた、シャンボニエール(宮廷に仕えた音楽一家、シャンピオン家の出身で、リュリに競り負け、宮廷を去った、誇り高きヴィルトゥオーゾ... )の弟子で、その後継者にして、太陽王のクラヴサン奏者、リュリの伴奏者、ダングルベールのクラヴサン曲集(DECCA/458 588-2)を、クリストフ・ルセの演奏で聴く。

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誇り高きヴィルトゥオーゾ、シュール・ド・シャンボニエール。 [before 2005]

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ピアノは、どこの国でも、ピアノだけれど、チェンバロは、それぞれの国によって呼び方が異なるのがおもしろい。イタリア語ではクラヴィチェンバロ、英語ではハープシコード、フランス語ではクラヴサン... ちなみに、「チェンバロ」は、イタリア語のクラヴィチェンバロに由来する、ドイツ語圏での呼び方。って、イタリアではチェンバロって呼ばないの?!と、軽く衝撃を受けてしまうのだけれど、クラヴィチェンバロとは、鍵盤(クラヴィ)付きのシンバル(チェンバロ)の意味。となると、クラヴィが無くなってしまったら、違う意味になってしまうわけだ。それを許容する非イタリア語話者たち... いや、言葉って、おもしろい。で、言葉から、チェンバロという楽器を見つめると、それぞれの国における、その楽器の個性が浮かび上がるようで、興味深い。例えば、英語のハープシコード。ハープの弦(コード)である。鍵盤付きシンバルより、繊細な印象を受ける。そして、フランス語のクラヴサンはというと、イタリア語のクラヴィチェンバロと同じ、ラテン語の鍵、clavisを語源とし、鍵盤楽器を意味する。このあたりは、ドイツ語での鍵盤楽器の総称、クラヴィーアに通じる。そういう点で、クラヴサンという言葉には、より総合的なニュアンスが含まれるのか?チェンバロ、ハープシコードには無い、どこか堂々とした佇まいを感じるような...
そんな、フランスにおけるクラヴサンの最初の巨匠、やがてクープランへと至るフランス・クラヴサン楽派の始まりを飾った人物に注目してみる。スキップ・センペのクラヴサンで、シャンボニエールのクラヴサン曲集から、4つの組曲と、その弟子にして後継者、ダングルベールによるシャンボニエール氏のトンボー(deutsche harmonia mundi/05472 77210 2)を聴く。

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クープラン家、最後の輝き、異才、アルマン・ルイ... [before 2005]

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フランスの宮廷における音楽家のポストは、基本、世襲。ということで、フランス音楽史を俯瞰すると、まるで貴族のように名家が存在していて... シャンブルの音楽監督を務めたボエセ家、シャンブル付きクラヴサン奏者を務めたシャンピオン(シャンボニエール)家、エキュリで活躍したオトテール家、フィリドール家、そして、フランス音楽史切ってのビッグ・ファミリー、クープラン家!しかし、よくよくクープラン家を見つめてみると、他の名家に比べ、宮廷でのポジションは、ちょっと心許無いところがある。そもそも、世襲で継承できるポストを完全には獲得できておらず... 裏を返すと、クープラン家の面々は、実力で宮廷に食い込んで行ったことになる。いや、単なる七光でなかったのが、クープラン家をビッグ・ネームたらしめている大きな要因のように感じる。そして、フランス音楽の中心は、宮廷からパリへと移り... ヨーロッパ中から音楽家が集まったパリの音楽シーンでは、生き馬の目を抜く競争が繰り広げられ、クープラン家はよりタフな環境に置かれることになる。が、独特なスタンスでその競争を掻い潜った猛者が誕生する。それが、フランソワ、大クープランの従甥、アルマン・ルイ!
まだ太陽王(在位 : 1643-1715)が若かりし頃、宮廷に仕えたルイに続いて、その3世代後、フランス革命(1789)の年に世を去るアルマン・ルイに注目... ウィリアム・クリスティ、デイヴィッド・フラーのクラヴサンで、アルマン・ルイ・クープランの2台のクラヴサンのためのサンフォニーとクワトゥール(harmonia mundi FRANCE/HMA 1901051)を聴く。

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