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中世、パリ、中央集権化とともに花開いたノートルダム楽派! [2007]

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パリは、田舎だった。と言っても、なかなかリアリティが持てない。けれど、田舎でした。紀元前3世紀、ケルト系、パリシイ族の集落として始まったパリ... その後、ローマの支配下に入り、都市として整備されるも、まだまだ一地方都市。で、首都の地位を獲得するのが、508年。パリはフランク王国の首都となる。しかし、建築大好き、インフラ・マニアのローマ帝国とは異なる、ゲルマン系、フランク王国... ローマのような輝かしい威容を手に入れるなんて夢のまた夢。というより、中世の都市は、どこも似たり寄ったりの田舎町のような風体であった史実。やがて、フランク王国から西フランク王国へ、西フランク王国はフランス王国となるも、状況は変わらず... というより、ヴァイキングの襲撃があり、王権の弱体化もあって、パリは首都でありながらますます湿気た状態に陥って行く。そんな空気感を打破するのが、ノートルダム大聖堂の建設だった!国王、ルイ7世(在位 : 1137-80)の臨席の下、ローマ教皇、アレクサンデル3世(教皇選出時にゴタゴタがあって、パリに一時避難... )によって礎石が置かれたのが1163年。当時、最新のゴシック様式で建設され、まず、内陣が完成すると、1182年、献堂式が行われ、パリ司教座、ノートルダム大聖堂の歴史が動き出す(全てが完成するのは、まだかなり先... )。それは、パリがパリたる表情を見せた最初の瞬間であり、その威容をシンボルに、パリは成長を始める。
という、ゴシック期のパリ、ノートルダム大聖堂が育んだ音楽に注目... アントワーヌ・ゲルバー率いる、フランスの古楽ヴォーカル・アンサンブル、ディアボルス・イン・ムジカが、ノートルダム楽派による1170年から1240年に掛けての音楽、オルガヌムとコンドゥクトゥスを歌うアルバム、"Paris expers Paris"(Alpha/Alpha 102)、パリよ、パリのみぞ素晴しけれ、を聴く。

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