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2人でゴルトベルク変奏曲を... ヴィオラ・ダ・ガンバのやさしい響きで... [2008]

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朝起きると、何となく頭痛がして、時折、眩暈のような感覚もあって、何だろうと思っていたら、テレビから、そんな症状の説明とともに、「秋バテ」という言葉が聞こえて来た。夏の酷暑の疲労が蓄積された状態のまま、季節の変わり目の寒暖差に晒されると、身体がその寒暖差に対応し切れず、バテてしまう?とか、そんな感じだったと思うのだけれど... いや、「秋バテ」というものがあったことに驚いた。それにしても、秋にまでバテるとは... ため息が出てしまう。で、ふと思う。秋のみならず、2018年、そのものにもバテてないか?次々に起こる災害、次々に明るみとなるスキャンダル、内に外に、右を向いても、左を向いても、ぞんざいな政治家たち、そして、右往左往の私たち、最悪なのは、煽らずにいられないメディア。自然界も人間界も、ワァーっとなって、何が何だかわからなくなっているような2018年。10月に入り、そんな2018年も4分の3が過ぎ、残すところ3ヶ月となった、今、完全に2018年に疲れている自分がいて... みなさんは、2018年バテ、してませんか?
ということで、10月は、癒しと浄化を求めて、音楽を聴いてみようかなと... その1枚目に、バッハ。クラース・ハルダースとジルケ・シュトラウフの演奏で、バッハのゴールドベルク変奏曲、2つのヴィオラ・ダ・ガンバ版(RAUMKLANG/RK 2807)を聴く。

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ボルトニャンスキー、教会コンチェルト。 [before 2005]

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20世紀末から21世紀初頭に掛けて、クラシックは、癒し系として持て囃されておりました。いやいやいや、癒しばかりじゃないから。『春の祭典』とかもあるから。なんて、ツッコミを入れずにはいられなかった、あの頃... 「癒し系」なる括りが、どうにも安っぽく感じられて、クラシックを甘く見んな、ボケェ... みたいに、やさぐれておりました。が、今、あの頃の情景を振り返ってみると、なかなかおもしろかったのではないかと、違った見方ができるような気がする。何だか気難しいクラシックが、お手軽なヒーリング・ミュージックとして再ブレイクを果たしたわけです。これって、ある意味、殻を破ったと言えるのでは?「癒し系」なるレッテル貼りの良し悪しは一先ず置いといて、アカデミズムの内で語られないクラシックというのは、なかなか新鮮だったのかもしれない。けど、「癒し系」として紹介されるクラシックって、生温い気がするのだよね。なんか、そういうあたり、不満(「癒し系」拒否反応なあの頃から一周回ってのこの境地!)。そこで、今、改めて、クラシックの癒しを探ってみたいなと... 秋バテ、2018年バテを癒し、浄化するために... 前回、ゴルトベルク変奏曲に続いての、ロシアの聖歌。
ロシアの伝統に、イタリア仕込みの西欧のスタイルを融合させた異色のウクライナ出身の作曲家、ボルトニャンスキー... ヴァレリー・ポリャンスキー率いる、ロシア国立シンフォニック・カペラによる、ボルトニャンスキーの教会コンチェルトのシリーズから、35の教会コンチェルト集の最後、30番から35番を取り上げるVol.5(CHANDOS/CHAN 9956)を聴く。

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藤枝守、植物文様。 [before 2005]

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どうやら、秋バテらしい... ということで、10月は「癒し系」で癒されようという魂胆であります。さて、クラシックにおける「癒し系」において、何気に存在感を見せるのが現代音楽!現代音楽?音列だの、偶然だの、図形だの、具体だの、電子だの、音響だの、尖がってナンボのもの、といった観が否めない現代音楽のイメージなのだけれど、よくよく見つめると、尖がり方も様々で、複雑怪奇なところへと陥った現代音楽への反動から、シンプルを極めたミニマル・ミュージックが生まれたり... 宗教が禁止されていたソヴィエトで生まれ育ったペルトは、かつての宗教音楽の静謐さを呼び戻すことで、密やかに体制へ反発し、そこから自らの音楽性を確立したり... シンプルだったり、静謐だったり、何に対して尖がるかによって、現代音楽のイメージも様々に広がる。つまり、現代音楽にも「癒し系」は成り立ち得る!というより、難解な"ゲンダイオンガク"に対して、「癒し系」であり得るなんて、何たるラディカル!でもって、まさに、身体に心地良い音楽を追求する作曲家がおりまして...
ただならぬ視点、スケールで音楽を見つめ、極めてラディカルな姿勢を示しながら、ただならず美しい響きを生み出す希有な作曲家、藤枝守(b.1955)。電気的に植物の歌(葉表面における電位変化とのこと... )を読み取り、音楽に仕立て直したという異色のシリーズ、『植物文様』から、箏を中心にした作品(ALM RECORDS/ALCD 52)を、箏曲家、西陽子の演奏で聴く。

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シルヴェストロフ、沈黙の歌。 [before 2005]

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2つのヴィオラ・ダ・ガンバでゴルトベルク変奏曲、ボルトニャンスキーの教会コンチェルト、藤枝守の『植物文様』と、バロックに、古典主義に、現代音楽と、幅広く癒されております、10月... それにしても、クラシック=癒し系なんていうレッテル貼りを忌み嫌っていた頃からしたら、何たる軟弱!頭のどこかで、そんな風なことを思わなくもないのだけれど、いやいやいや、「癒し系」上等!クラシックが本気出したら、アダージョだの、イマージュだの、屁だからね。前回、聴いた、『植物文様』なんて、見つめれば見つめるほどに、考え抜かれての「癒し系」であって、何となしの「癒し系」とは明らかに一線を画す。で、久々にその音楽を聴けば、癒されるばかりでなく、癒されていることに、我々が、普段、聴いている音楽が失ってしまった、よりナチュラルだった感覚を意識させられ、感慨深く... 失われてしまった感覚を意識させられることに、某かのセンチメンタルを掻き立てられ、単に癒されるばかりでない感情も滲む。考えてみれば、癒しは、痛みと表裏。「癒し系」が生まれるところには、必ず時代の痛みが介在していたのだろう。ということで、まさに、痛みが生む「癒し系」を聴いてみようかなと...
20世紀後半、東西の冷戦の時代、多くの芸術家が傷を負った、ソヴィエトの全体主義の中、いとも密やかなる音楽を紡ぎ出した、希有な作曲家、シルヴェストロフ(b.1937)を見つめる。セルゲイ・ヤコヴェンコ(バリトン)の歌、イリヤ・シェップスのピアノで、シルヴェストロフのソヴィエト時代の作品、歌曲集『沈黙の歌』(ECM NEW SERIES/982 1424)で、癒される。

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ジョン・ルーサー・アダムズ、ビカム・オーシャン。 [2014]

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秋バテどころか、どうも2018年にもバテている?ということで、10月は、「癒し系」で、癒され中であります。さて、ポスト・クラシックという位置付けになるのか、ヒーリング・ミュージックやニュー・エイジ、アンビエント・ミューシックや環境音楽も一緒くたになって紹介される帰来のある、「癒し系」としてのクラシック。一般からしたら、クラシックも、ポスト・クラシックも、似たような印象になってしまうのだろうな... いや、あり得ん!確固たるクラシックを信じている立場からすると、怒り心頭?いやいや、そんな石頭だと、ますますクラシックは嫌われてしまう... いやいやいや、クラシックというジャンルを形成した音楽史を振り返れば、まさに異ジャンルとのフュージョンの歴史であって、ラプソディー・イン・ブルーとか、今じゃ、古典よ!ならば、クラシックとポスト・クラシック、一緒くたになって、新たな音楽が生み出されたら、おもしろいんじゃね?シンフォニックな「癒し系」とか...
という、無謀な問いを立てて聴いてみる、もうひとりのジョン・アダムズ。ルドヴィク・モルロー率いる、シアトル交響楽団の演奏で、アラスカの大自然に抱かれて作曲する、ジョン・"ルーサー"・アダムズ(b.1953)のビカム・オーシャン(cantaloupe/CA 21101)を聴く。

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ボエティウス、慰めの歌。 [2018]

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秋バテ?とか言ってたら、風邪だった... みたいな展開になっております。みなさんは、体調など、崩されてはおりませんか?ということで、10月は、「癒し系」で、癒される!前回は、ジョン・ルーサー・アダムス、アラスカの"ルーサー"の、スケールの大きな音楽で癒されましたが、さらに、さらにスケールは大きくなりまして、既存の音楽の枠組みを超越し、この世の全てに音楽を見出す... ムジカ・ムンダーナ(宇宙、世界を調律する音楽)、ムジカ・フマーナ(人間の身体を調律する音楽)、ムジカ・インストゥルメンターリス(声、楽器による、人の耳に聴こえる音楽)という壮大なる音楽像を語った、古代と中世をつなぐ哲学者、ボエティウス(480-525)に注目。しかし、古代、中世の人々は、宇宙にも、世界にも、人体にも、音楽を見出していたわけです。いや、あまりにも壮大過ぎて、ちょっとついて行けないのだけれど、裏を返せば、人々は、宇宙や世界、人体に対して、音楽を意識する感覚を失ってしまったと言えるのかも... いや、考えさせられてしまう。音楽が、ただ耳に聴こえるだけのものとなった現在、世界は不協和音に充ち満ちていて、音楽の捉え方を、今一度、見つめ直す時が来ているのかも...
さて、ボエティウスなのだけれど、哲学者であって、音楽は残していない... ので、ここで聴くのは、そのボエティウスの哲学書、『哲学の慰め』をテキストに、11世紀、イギリス、カンタベリーで音楽が付けられ、歌われたとされる手稿譜を再構成、再現するもの。で、セクエンツィアの歌と演奏による、中世、"ボエティウスの慰めの歌"(GLOSSA/GCD 922518)で、癒される。

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テレマンのファンタジア。 [2017]

秋バテ?2018年バテ?なんて言っていたら、そもそも21世紀にバテてないか?と思えて来た。高度情報化社会の、あらゆるものがつながるプレッシャー... 便利になった一方で、そこはかとなしに我々を縛り上げているものがあるような... なんて言い出したら、20世紀後半、高度産業化社会の即物的なスピード感にも、すでに追い立てられていたなと... 失われた云十年というもの自体が「バテ」だったような気がして来る。そういう「バテ」の歴史を振り返れば、「癒し系」クラシックへの注目や、ヒーリング・ミューシックの登場が、もの凄く腑に落ちる。20世紀末に始まる「癒し系」としてのクラシックの再ブレイク、その前にはグレゴリオ聖歌ブームがあったことを忘れるわけには行かない。その準備を果たしたのが、1970年代に遡るニュー・エイジ、アンビエント・ミュージック... 音楽に癒しを求めた道程には、近代社会、現代社会が歪んで行く様が反映されていたのだろう。そして、癒しを過去の音楽、古典=クラシックに求めるに至ったわけだ。「癒し系」クラシックは、実は、実に、意義深い。
ということで、10月は、「癒し系」で癒される... マジカルな中世から、バロック、テレマンのファンタジアへ!フランソワ・ラザレヴィチのフルートで、無伴奏フルートのための12のファンタジア(Alpha/Alpha 267)と、ルイジ・デ・フィリッピのヴァイオリンで、無伴奏ヴァイオリンのための12のファンタジア(CHALLENGE CLASSICS/CC 72679)の2タイトルを聴く。

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リヒャルト・シュトラウス、ドイツ・モテット。 [before 2005]

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この間、天気予報を見ていたら、本州中央の尾根筋を軸に、紅く色付く衛星写真が映し出されて、びっくりした。木が、森が、山が紅葉するのではなく、日本列島そのものが紅葉している!そもそも、紅葉って、宇宙からもわかるんだ?!そして、そのスケールの大きさ、紅く色付いた日本の姿に、感慨深いものを感じてしまう。毎年、秋になると、紅くなる日本... 普段、何気なく見つめる紅葉も、その視点を宇宙まで引いて見つめれば、また違ったイメージが浮かび上がる。こういう風に、自在に視点を動かすことができたならば、世の中、いろいろ変わるんじゃないかなと、ふと、そんなことを思う。いや、現代人の視点というのは、かつてよりも、随分と低くなってしまって、足元ばかりにしか及ばない気がする。邪魔なら殺せばいいし、気に食わなければ離脱すればいいし、都合が悪ければ改ざんすればいいし、とりあえず反対しておけばいいし... つくづく、不毛だなと思い知らされる今日この頃。10月は、「癒し系」で、癒されるはずが、今や、癒しどころでなくて、厭世です(遠い目... )。はぁ...
そんな厭世気分に、最適?美しきリヒャルト・シュトラウスのア・カペラ!シュテファン・パルクマンが率いたデンマーク国立放送合唱団による、リヒャルト・シュトラウスの無伴奏合唱のための作品集(CHANDOS/CHAN 9223)を聴く。いや、やっぱり癒される。

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バッハ、平均律クラヴィーア曲集、第1巻。 [2014]

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10月は、「癒し系」で、癒される。ということで、不眠症の伯爵のための睡眠導入剤、バッハ、ゴルトベルク変奏曲に始まり、中世に、ロマン主義に、日本からアラスカまで、様々に「癒し系」を探り、巡って来たのですが、改めて「癒し系」クラシックという在り方と向き合って、いろいろ見えて来ることもあり、実に興味深かったなと... 普段、「癒し系」だなんて、クラシックのコアなあたりからすると、馬鹿にされがちではありますが、クラシックに癒される現代という逆の視点を持つとまた新たな風景が広がるのかもしれません。いや、音楽とは、そもそも癒しなのではないだろうか?音楽ばかり聴いていられない環境を生きるのが人間であって、そうした中で傷付き、歪み、疲れたところに、音楽はその心に寄り添い、鼓舞し、整え、癒して来たのでは?中世における、ムジカ・フマーナ(人間の身体を調律する音楽)の考え方が、今は、もの凄くしっくりと来る。こういう、今は失われてしまった考え方を意識すると、クラシックのみならず、音楽全体に、また新たな可能性が拓けて来るような気がする。
そんな心境を以って、再び、音楽の父、バッハへと還る。ピエール・ロラン・エマールのピアノで、バッハの平均律クラヴィーア曲集、第1巻(Deutsche Grammophon/479 2784)。今、改めてこの音楽に触れてみれば、中世の音楽の思想を見出すのか...

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ホルスト、惑星。 [2010]

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さて、明日は、ハロウィンです。一部、すでに、大騒ぎになっているようですが... 今や、大騒ぎするほど根付いてしまったことが凄い!日本人の柔軟性に、改めて感じ入ってしまう。一方で、ハロウィンの起源(キリスト教以前に遡る、ケルトの大晦日... )を紐解いてみると、何となくお盆に通じるものがあって、日本で大騒ぎするほど受け入れられた素地もあったのかなと、興味深く思う。ところで、万霊節(リヒャルト・シュトラウスの歌曲で知られる... )って、ハロウィンのことだったのですね。近頃、巷で人気の5歳児から教えていただきました(これまで、何とボーッと「万霊節」を聴いて来たことか... )。それはともかく、ハロウィンにクラシックに因んだ仮装をするとしたら、あなたは何になりますか?ワタクシは、山高帽を被って、丸メガネで、サティ(何か、妖怪っぽいし... )!で、よりハロウィンっぽく、雰囲気を出すなら、幻想交響曲のサバトの幻想に溺れるイっちゃったお兄さんかな... いや、みんなで仮装して、幻想交響曲を聴くとか、そういうコンサートがあってもいいような気がする。
ということで、幻想交響曲を聴く?いや、聴かない... 前回、平均律クラヴィーア曲集に宇宙を感じたので、宇宙へと飛び出します!ウラディーミル・ユロフスキ率いる、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏で、ホルストの『惑星』(London Philharmonic Orchestra/LPO 0047)!てか、『惑星』は、占星術に基づく作品だから、実は、ハロウィンこそ、しっくり、来る?

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