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カッチーニ、エウリディーチェ。 [2014]

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さて、9月です。学校では、新学期がスタート、クラシックでは、新たなシーズンが開幕、そんなリスタートに相応しい音楽を聴いてみようかなと... で、今年、没後400年のメモリアルを迎えるカッチーニに注目!イタリア古典歌曲の定番の作曲家だけれど、お行儀良く、お上品に、楚々と歌われるイタリア古典歌曲の印象からか、クラシックにおけるカッチーニの存在感は、同時代を生きたモンテヴェルディに比べると、インパクトに欠ける。が、音楽史から見つめれば、カッチーニの功績はただならない。モノディーの発明により、現在に至る音楽の在り方を示し、モンテヴェルディの先を行って、バロックの扉を開いた人物。その扉を開くにあたって伝えられる人物像は、またインパクトのあるもので、実に興味深い。ということで、バロックへの扉、オペラ誕生に迫る。
リナルド・アレッサンドリーニ率いるコンチェルト・イタリアーノの演奏、シルヴィア・フリガート(ソプラノ)のエウリディーチェ、フリオ・ザナージ(バリトン)のオルフェオで、現存最古のオペラ、カッチーニのオペラ『エウリディーチェ』(naïve/OP 30552)を聴く。

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カッチーニ、ペーリ、2人のオルフェオ。 [2016]

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没後400年のメモリアルに、クソ野郎呼ばわりしてしまったカッチーニ... いや、カッチーニの魅力は、そのクソっぷりにもあると思う。天才たちが犇めいた16世紀後半のフィレンツェの宮廷、競争が過熱してしまった結果、クソ野郎にならなきゃ生きていけなかっただろう。また、そういう競争がドラマを生む!モノディーを生み出すカメラータを主催したバルディ(1534-1612)が、1587年、突然の大公の代替わりで失墜。カメラータの主要メンバーだったカッチーニは、フェッラーラの宮廷に新たな就職口を探すも、結局、1592年、都落ちのバルディに就き従い、ローマへ... で、バルディに取って代わったのが、新大公がローマから連れて来たカヴァリエーリ(ca.1550-1602)。しかし、曲者揃いのフィレンツェの宮廷、カヴァリエーリは苦悩することに... 一方、カッチーニは、バルディを見限り、自らの力でフィレンツェの宮廷に復帰。宮廷楽長を務める多声マドリガーレの巨匠、マルヴェッツィ(1547-99)ら旧世代と、宮廷における芸術監督官、カヴァリエーリに、コルシ(1561-1602)を中心としたオペラを生み出す新世代たち... 三つ巴の間隙を突いて、一度は離れたフィレンツェの宮廷を昇り詰めて行く。
そうして迎えた運命の年、1600年、『エウリディーチェ』、クソっぷりを発揮し、勝利するカッチーニと、勝利をかすめ取られたペーリの作品を並べる、実に、実に興味深い1枚!マルク・モイヨン(ヴォーカル)と、アンジェリーク・モイヨン(ハープ)の姉弟デュオによる、モノディーの歌曲集、"LI DUE ORFEI"(ARCANA/A 393)。いや、競争の過熱は、音楽をより美しく昇華させる!

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カヴァリエーリ、魂と肉体の劇。 [2015]

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16世紀末、音楽史の節目、モノディーの発明と、バロックの幕開け、オペラ誕生の裏にあった作曲家たちの熾烈な競争... それは、フィレンツェの宮廷における廷臣たちの権力闘争とも連動して、刺激的なドラマが展開されるのだけれど、さらにさらに刺激的なのが、その宮廷の主、メディチ家の面々のスキャンダラスさ!いやもうカッチーニのクソっぷりなんて霞むほどのセックス&ヴァイオレンス(ちなみに、一枚、噛んでます、カッチーニも... )。その実態を知ると、フィレンツェにおける芸術の洗練が、まさに泥中の蓮だったことを思い知らされる。それでいて、主君に翻弄される花々でもあって... トスカーナ大公の交替が、フィレンツェの宮廷に仕える作曲家たちにも様々な波紋をもたらし、クソ野郎、カッチーニ(1551-1618)ですら、一度、都落ちを経験している。で、そのカッチーニをフィレンツェに居づらくさせた人物が、第3代、トスカーナ大公、フェルディナンド1世(在位 : 1587-1609)の友人で、新大公とともにローマからやって来たカヴァリエーリ(ca.1550-1602)。
ということで、カッチーニのもうひとりのライヴァル、カヴァリエーリに注目... ルネ・ヤーコプスの指揮、ベルリン古楽アカデミーの演奏、ベルリン国立歌劇場合唱団、コンチェルト・ヴォカーレのコーラス、マリー・クロード・シャピュイ(ソプラノ)、ヨハネス・ヴァイザー(バリトン)らの歌で、カヴァリエーリの音楽劇、『魂と肉体の劇』(harmonia mundi/HMC 902200)を聴く。

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カリッシミ、オラトリオ全集。 [2013]

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ギリシア悲劇の復活を目指したオペラの誕生と、聖書や聖人の物語を音楽に落とし込んだオラトリオの誕生は、聖俗で対を成して、音楽におけるバロックの到来を象徴する。のだけれど、オペラの誕生が、クソ野郎の暗躍なども含め、その過程が詳細にわかる一方、オラトリオの誕生は、何ともぼんやりとしている。で、そのぼんやりしたあたりを、必死に目を凝らして覗いてみるのだけれど、覗けば覗くほど、どこからがオラトリオなのかがわからなくなって来る。そもそも黎明期のオラトリオは、「オラトリオ」と銘打たれていなかったり... そういうユルさに出くわすと、厳密にはオラトリオではないとされる、前回、聴いた、カヴァリエーリの『魂と肉体の劇』が、最初のオラトリオでもいいような気がしてしまうのだけれど、オラトリオという言葉の成り立ちをつぶさに見つめると、『魂と肉体の劇』とは違う系譜が浮かび上がって来る。もちろん、『魂と肉体の劇』は、後のオラトリオの誕生に大きな刺激を与えたことは間違いないのだけれど... ということで、オラトリオ黎明期を彩った作曲家に注目してみる。
17世紀、カヴァリエーリ亡き後の時代、ローマのイエズス会、ドイツ人学校の楽長を長年務め、やがてヨーロッパ中にその名声が広まったローマの大家、カリッシミ(1605-74)!フラーヴィオ・コルッソ率いる、イタリアの古楽アンサンブル、アンサンブル・セイチェントノヴィチェントによる、カリッシミのオラトリオ全集(Brilliant Classics/BRL 94491)、9枚組を聴く。

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18世紀への実験場、ボローニャ、聖ペトローニオ大聖堂の軌跡。 [before 2005]

さて、前回、ボローニャ楽派の父、カッツァーティのヴェスプロ、聖アンドレーアの晩祷を聴いたのだけれど、あれは、ボローニャのためのヴェスプロではなかったのが心残り... やっぱり、ボローニャ楽派に注目するのにあたって、彼らが活躍した場所、ボローニャのシンボル、サン・ペトローニオ大聖堂のために作曲された作品が聴いてみたい!何たって、ボローニャ楽派の音楽的特徴は、サン・ペトローニオ大聖堂の建築的特性(教会建築としては未完成に終わりながらも、結果的に、今となってはあまりに一般的な、シューボックス型コンサートホールの最初とも言えそうな形となる... )があってこそのもの。18世紀の音楽の扉を開いたとも言えるボローニャ楽派にとって、サン・ペトローニオ大聖堂は、新しい音楽を構築する実験場だったような気がする。またより大きな視点から見つめれば、サン・ペトローニオ大聖堂は、今に至るコンサート(この言葉の語源とも言えるコンチェルタート様式、器楽を伴奏に歌うスタイルを完成させたのはボローニャ楽派だったかなと... )の在り方、その方向性を決めた場所とすら思えて来る。いや、サン・ペトローニオ大聖堂は、音楽史において、極めて重要な場所だったのかも... ということで、ボローニャ楽派、ポスト・カッツァーティ世代によるサン・ペトローニオ大聖堂での音楽!
サン・ペトローニオ大聖堂の聖歌隊、楽隊である、カペラ・ムジカーレ・ディ・サン・ペトローニオの歌と演奏で、サン・ペトローニオ大聖堂でチェリストを務めたフランチェスキーニ、1676年のディキシット・ドミヌスを中心に、サン・ペトローニオ大聖堂での祝祭を再現する"VESPRI CONCERTATI DELLA SCUOLA BOLOGNESE"(TACTUS/TC 650001)と、後にサン・ペトローニオ大聖堂の楽長に就任するペルティの1687年の12声のミサ(DYNAMIC/CDS 707)の2タイトルを聴く。

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カッツァーティ、聖アンドレーアの晩祷。 [before 2005]

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17世紀、オペラの誕生が象徴するように、世俗音楽の世界ではバロックが始動する。が、教会音楽の世界は保守的で、まだまだルネサンス・ポリフォニーがスタンダード... オペラの影響を受け、聖書を歌うオラトリオがじっくりと収斂されて行くも、教会音楽の本丸たる典礼音楽に新たなバロックの精神、語法が用いられることは忌避される傾向にあった。例えば、第2作法(ルネサンス・ポリフォニー=第1作法に対する新たな語法... )の巨匠、モンテヴェルディが、その第2作法を織り交ぜた野心作、『聖母マリアの夕べの祈り』(1610)を、教会音楽の家元、聖都、ローマに持ち込み、就職活動を試みるも、相手にされなかった。が、第2作法の巨匠を生んだ北イタリアでは、また違った状況が生まれ始める。次第に高まるオペラの人気、器楽曲の発達を柔軟に取り込み、より花やかに、そして劇場的に典礼音楽を織り成して、後の教会音楽の在り方を切り拓いた。
で、その牽引役を果たしたのがボローニャ楽派の面々... フランチェスコ・モイ率いる、アカデミア・デリ・インヴァギーティの演奏と歌で、ボローニャ楽派の父、カッツァーティの音楽による、聖アンドレーアの晩祷を再現した1枚(TACTUS/TC 610301)を聴く。

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