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ジョン・ルーサー・アダムズ、ビカム・デザート。 [2019]

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我々にとっての暑さの問題は、やっぱり湿度だと思う。目には見えない空気中に漂う微細な"水"が、夏の暑い日差しに熱せられて、じっとりと纏わり付いて来る日本の夏... サウナの中にいるようだ、とはよく言ったものだ。けれど、実際は、人間が、目に見えない蒸籠に入れられて、蒸し上げられているようなもの。21世紀、温暖化本格化で、ますます蒸し鍋の温度は上がる一方... だから、つい夢想してしまう。湿度が極めて低い砂漠って、どんな感じなのだろう?もちろん、けして快適な場所ではない。何しろ、草木も生えない乾燥し切った場所... そうした中に無防備に佇んでいれば、身体の水分はどんどん失われてしまうのだろう。また、湿度の低さによって、昼夜の寒暖差は激しくなり、暑いばかりでなく、寒くもなるのが砂漠の特徴。何とも極端な世界である。それでも、さっぱりとした空気を味わってみたい欲求に駆られてしまう今日この頃... そこで、音楽で砂漠になる!
えーっと、これって、まだ日本ではリリースされていない?で、ナクソス・ミュージック・ライブラリーで見つけてしまいました。ルドヴィク・モルロー率いる、シアトル交響楽団、ジョン・ルーサー・アダムズのビカム・デザート(cantaloupe/CA 21148)を聴く。

2010年、セント・ポール室内管のために作曲された、ビカム・リヴァーがあって、2013年、シアトル響のために作曲された、ビカム・オーシャンが続き、そして、2018年、同じくシアトル響のために作曲された、ここで聴く、ビカム・デザートへと至る。川から大洋へ、そして、砂漠へ... 何とも壮大なシリーズ!アラスカの大自然に抱かれながら作曲を続けるジョン・"ルーサー"・アダムズ(b.1953)ならではのスケールを感じさせる。また、川から大洋へ、そして、砂漠、という展開に、音楽的な質感の変化も見受けられ、なかなか興味深い。室内オーケストラの「室内」という規模が生み出す繊細さを丁寧に利用し、メロディーを以って川の流れが生み出す豊かな表情を巧みに表現した、ビカム・リヴァー。その水の息つく先、大洋、ビカム・オーシャンでは、大洋そのものが響き出し... 海を描くオーケストラ作品と言えば、ドビュッシーの『海』(1905)がすぐに思い浮かぶのだけれど、"ルーサー"が捉える大洋は、陸から眺める海の風景、絵画的な海の描写(ドビュッシーの『海』は、交響的素描と銘打たれている... )では無く、聴く者に海水の視点を与え、パルスに乗せて、深海から波打ち際まで、赤道から極地まで、壮麗なる海流のように音楽を響かせた。そして、豊かな水の世界から一転、乾燥し切った世界を響かせる、ビカム・デザート... "ルーサー"にとっての砂漠は、既存の砂漠に留まらない。温暖化により各地で進行する砂漠化をも含む。ビカム・デザート、砂漠になる、とは、そういうことでもある。単に砂漠の驚異をサウンドにするのではなく、地球そのものの乾燥化をも捉える。いや、ますますスケールは大きくなっている。だから、その音楽、スペイシー!
星の瞬きのような、ベルの澄んだ音で始まる、ビカム・デザート。砂漠を体験したことが無いから、ビカム・デザートから響き出すサウンドに、最初、戸惑いを覚える。これが砂漠の光景なのか?それはまるで、宇宙を舞台とした映画のサントラのようだから... オーケストラは、息長く、美しい音響を綾なし、派手な動きは、一切、見せない。リゲティのクラスターが生み出すスペイシーさ(コーラスのヴォリーズが加わるのだけれど、それがまたリゲティっぽい?)、あるいは、スペクトル楽派の音響の海を、ポスト・ミニマルのテイストの内に収めて、より聴き易く、透明感を以って響かせるような、ビカム・デザート... 目を閉じて、そのサウンドに包まれれば、漆黒の宇宙の広がりと、そこに浮かぶ巨大な銀河、鮮やかな色彩を放つガス雲が見えて来るようで、圧倒される。そうか、真空の宇宙の、究極的に澄み切った状態が、砂漠の大気にも通じるのか... 次第に音を増やし、音響に厚みが生まれて行く冒頭は、まるで、砂漠の夜明けのようで、黎明の空のグラデーションが、本当に美しく描き出されるかのよう。その中で、ぽつりぽつりと鳴らされるベルの美しい音色は、まさに空に浮かぶ星々の輝きを思わせて、惹き込まれる。次第にオーケストラによる音響はうねりを見せ、それは、太陽が高くなり、熱せられた砂漠の大気に起こる上昇気流を思わせて、その上昇に壮麗さが生み出されて、息を呑む。目には見えない、大きな動きを、オーケストラは、大気を震わせることで、聴き手に見せる!さらに、オーケストラは、低音を響かせ、力強さを増し、風が創り出した砂丘のうねりの、どこまでも続く光景を奏でるようで、圧倒される。いや、聴き進めれば、聴き進めるほど、自身の身体感覚は失われるようで、砂漠に融け込んでしまいそう。まさに、ビカム・デザートを体験する。
という作品を演奏する、モルロー+シアトル響。ビカム・オーシャンでも、すばらしい演奏を聴かせてくれた彼らだけれど、ビカム・デザートでは、さらに洗練された響きを聴かせてくれて、魅了されずにいられない!アメリカのオーケストラらしい明晰さと、アメリカでも、ウェスト・コーストの端正さ、そのまた北部の落ち着きというのか、シアトル響ならではの清廉なサウンドが、ビカム・デザートの透明感をさらに引き立てていて... 砂漠のスキっと冴え渡る空気感を存分に味合わせてくれる。しかし、1トラックのみ、40分(ビカム・オーシャンもそうだった... )、切れ目なく響き続けるアンビエントな音楽に、ドラマティックな瞬間は訪れない。そういう点で、なかなか難しい作品でもある。が、そうしたスコアを前に、自信を持って前進して行くモルロー+シアトル響。その揺ぎ無さが放つクラリティの高いサウンドは、全ての瞬間で鮮烈で、ただひたすらに美しい時間を聴き手にもたらしてくれる。いや、このサウンドに包まれると、飽きるということを忘れてしまうほど... いつまでも、そこに身を浸していたくなってしまう。で、このビカム・デザート、単にオーケストラで演奏されるのではなく、5つのアンサンブルとコーラス(ヴォカリーズ)が、聴衆を取り囲むように配置され、演奏されるというから、実際の演奏で体験できれば、よりビカム・デザートな感覚を味わえるのかもしれない。いや、味わってみたい!

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ジョン・ルーサー・アダムズ : ビカム・デザート

リュドヴィック・モルロー/シアトル交響楽団、同合唱団

cantaloupe/CA 21148




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