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我らに平和を与えたまえ、三十年戦争の音楽。 [2018]

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明日、8月15日は、終戦の日。ということで、改めて、平和について見つめてみたい。というのも、今、世界は、不穏過ぎるほど不穏だから... 戦争への緊張感は各地で高まり、紛争ならばすでに常態化し、国と国の対立が驚くほど安易に煽られ、21世紀、「平和」があまりに軽んじられていることに衝撃を受ける。そういうリアルに対し、日本では、あの戦争を忘れないと、様々に戦争が語られ、平和を喚起することに余念が無いものの、夏だけに語られる戦争、戦争=太平洋戦争という形に、どこか安堵してしまっているようで、何だかもどかしい。近代戦争は、季節を選ばない。そして、1945年の終戦から後、世界は平和だったか?いや、多くの戦争が起こり、戦争はけして過去のものになってはいない。未だ、多くの人々が命を落とし、あるいは家を失い、難民となっている21世紀のリアル。過去を忘れるわけには行かない。が、今、現在の平和が軽んじられている事態にも、あともう少し関心が向かったなら... 何か変わるものもあるような気がするのだけれど... いや、あえて、終戦の日を前に、今から、終戦から、もっともっと遡って、遠い昔の戦争に注目して、そこから、某かの普遍を見出してみたくなる。
アルノ・パドゥハ率いる、ドイツの古楽アンサンブル、ヨハン・ローゼンミューラー・アンサンブルの歌と演奏で、シュッツら、三十年戦争に翻弄された作曲家たちによる作品を集めたアルバム、我らに平和を与えたまえ、"Verleih uns Frieden"(Christophorus/CHR 77424)。そこに響く、戦争と平和は、実にシンプルなものだけれど、なればこその普遍が21世紀に沁みる!

ルターの宗教改革(1517)に端を発する宗教戦争がヨーロッパ中に広がり、その最終局面で勃発したのが三十年戦争(1618-48)。旧教のリーダー、ハプスブルク家が、その支配下にあったチェコにおいて、新教徒を圧迫する政策に出たことで招いた反ハプスブルク家の動き... 1618年、プラハ城から、ハプスブルク家の代官が投げ落とされるという事件が切っ掛けとなり、当初は、チェコの独立戦争のようだったが、国際政治の思惑が複雑に絡み合い、旧教国でありながら、ハプスブルク家のライヴァルということで、フランスが新教側を支援したことによって戦線は一気に拡大。新教、旧教の枠を越えて、権力伸張を目指すドイツの領邦君主たちが入り乱れ、さらには、デンマーク、スウェーデンを戦争に引き込み、ドイツを主戦場に、30年間も戦争が繰り広げられたわけだ。この戦争により、ドイツでは人口が激減し、戦費を稼ぐための重税が輪を掛けて社会を疲弊させ、経済は破綻、戦争の対価は、あまりに大きなものとなった。ジャック・カロ(1592-1635)による版画集『戦争の惨禍』(1633)に記録された三十年戦争の姿は、戦争の狂気を生々しく今に伝える。そうした、17世紀のリアルを前に、オランダの法学者、グロティウス(1583-1645)は、戦争の狂気から人々を救おうと、現在に至る国際法の概念の端緒を開く。そんな三十年戦争の最中、音楽は、どんな状況に置かれていただろうか?当然、音楽どころではなかったが、それでも、規模を縮小しながら、音楽活動の命脈は保たれ、新教側、旧教側、勝利を祝う音楽、平和を求める音楽、様々な作品が生み出されている。それらをまとめたのが、"Verleih uns Frieden"。
ザクセン選帝侯の宮廷楽長、シュッツ(1585-1672)に始まり、新教の牧師で、ミュールハウゼンのカントールだったヴァイスベック(1575-1640)、旧教、ハプスブルク家の皇帝の聖歌隊で歌い、後に皇帝軍の将軍、ティリー伯の聖歌隊長になったレルヒェンフェルス(1550-1629)、やはりハプスブルク家の皇帝に仕えながら、やがて新教側に付き、捕えられ、処刑されてしまうチェコの貴族、ハラント(1564-1621)、皇帝に臣従するシュレジエンで活動していた、シェーファー(1617-45)、ライプツィヒのトーマスカントル、シャインの弟子だったという、学生、ブランディシウス(17世紀)、戦争を避けた?ドイツからスウェーデンへと移住したデューベン(1597-1622)、詩人としても知られた、アイレンブルクのオルガニスト、ヒルデブラント(1614-84)、シュッツの下、ドレスデンの宮廷で学んだ鍵盤楽器のヴィルトゥオーゾ、ヴェックマン(1616-74)と、実に多彩な、それでいて、有名無名を含めて、なかなか見事な俯瞰の三十年戦争の音楽のパノラマが繰り出される。またそこには、30年間の戦況の変遷が、思いの外、丁寧に盛り込まれてもいて、ちょっと唸ってしまう。三十年戦争、最初の山場、1620年、白山の戦いの勝利を記念してレルヒェンフェルスが作曲した、ハプスブルク家の皇帝、フェルディナント2世(在位 : 1619-37)を讃える、テ・デウム(track.3)があり、レルヒェンフェルトの後で歌われる、白山の戦いで敗れ、処刑されるハラントの「主により頼む人は」(track.5)は、どこか哀しげで... 一転、1631年、ブライテンフェルトの戦いで、ティリー伯率いる皇帝軍を打ち負かす、スウェーデンとザクセンの勝利を歌う、ブランディシウスの「英雄が勇敢に戦った」(track.8)は、戦場の雰囲気を巧みに取り込み、表情豊かな音楽を展開!1634年、リュッツェンの戦いで、スウェーデン王、グスタフ・アドルフが戦没... スウェーデンの宮廷のオルガニストだったデューベンによる、葬送のためのモテット「われ良き戦いを戦い」(track.9)が歌われ、"無言の王の帰還を静かに悼む。
やがて、戦争の被害は深刻を極めて行く... その惨状を自らの詩で訴える、ヒルデブラントの「戦争-不安-ため息」(track.11)では、キタローネを伴奏にテノールが真に迫って歌い... イタリアのモノディの作法が用いられ、見事に戦争に対する慟哭を表現、ウーン、心打つ。続く、ヴェックマンによる宗教コンチェルト「町はなんと静まりかえっていることか」(track.12)は、15分に及ぶ作品で、戦後のドイツの荒廃した風景を淡々と歌い紡いで行くのだけれど、ソプラノとバスにより歌われる音楽は、オペラ的な表情も見せ、惹き込まれる。もちろんそれはイタリア・オペラのように派手ではないけれど、ドイツならではの実直さが反映された表現に、戦争へのリアルな思いは溢れ、聴く者の心により訴え掛けて来る。しかし、三十年戦争により低迷したドイツ・バロックだけれど、こうして改めて聴いてみると、ドイツならではの感性で以って、独自の表現方法を獲得しつつあるようで、半世紀後に登場するバッハの教会音楽への準備は着々と進んでいたのだなと感慨深いものがある。で、興味深いのが、三十年戦争がその名の通り30年も続いたこと... この戦争を音楽で辿るとなれば、そこにはドイツにおけるバロックの受容も聴き取ることができて、なかなか興味深い。例えば、レルヒェンフェルトのテ・デウム(track.3)は、ポリフォニックに歌われ、ルネサンスの形を残し... ヒルデブラントの「戦争-不安-ため息」(track.11)では、きちんとモノディが繰り出されるわけで... このあたりに時代の変遷も窺えて、なかなかおもしろい。
しかし、三十年戦争という複雑極まる国際戦争を、戦争の惨禍へのメッセージとともに、音楽史の展開まで籠めて描き出したパドゥハ+ヨハン・ローゼンミューラー・アンサンブルに、感服。その丁寧な歌いと演奏は、バッハ以前のドイツ・バロックの楚々とした佇まいを瑞々しく音にし、その控えめとも言える表現から、かえって平和の重みを静かに引き出す妙は、見事。


Verleih uns Frieden Musik zum Dreißigjährigen Krieg
Johann Rosenmüller Ensemble Paduch

ハインリヒ・シュッツ : 音楽の喜びの泉 SWV 49
ニコラウス・ヴァイスベック : 世界の門を上げ
ヨハン・シクスト・フォン・レルヒェンンフェルス : テ・デウム
ヨハン・シクスト・フォン・レルヒェンンフェルス : ダ・パーチェム・ドミネ
クリシュトフ・ハラント : 主により頼む人は
パウル・シェーファー : 主に向かって喜び歌おう
ハインリヒ・シュッツ : 主よ平和を与えたまえ SWV 465
マルクス・ディートリヒ・ブランディシウス : 英雄が勇敢に戦った
アンドレアス・デューベン : われ良き戦いを戦い
ハインリヒ・シュッツ : ドイツの長い戦いが SWV 338
ヨハン・ヒルデブラント : 戦争-不安-ため息 おお神よ、われらは知らなかった
マティアス・ヴェックマン : 町はなんと静まり返っているか
ハインリヒ・シュッツ : われらに平和を与え給え SWV 372/われらの支配者に SWV 373

アルノ・パドゥハ/ヨハン・ローゼンミューラー・アンサンブル

Christophorus/CHR 77424




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