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モンジュルー、ピアノ作品集。 [2017]

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もし生きる時代を選べたら... いつの時代を選ぶだろう?つい、いろいろ夢想してしまう。が、そんなことが叶う人間なんて、誰一人としていない。いや、今、改めて音楽史を振り返ってみると、選べないことの無常を、ひしひしと感じてしまう。モーツァルト(1756-1791)とベートーヴェン(1770-1827)は、わずか14歳の年の差しかない。が、2人の生きた時代は、まったく異なる。短い人生だったとはいえ、18世紀、輝かしき古典主義の時代を、颯爽と走り抜けて行ったモーツァルト... に対し、ベートーヴェンは、モーツァルトが世を去った1年後、1792年にウィーンに移り、遠くパリで始まっていたフランス革命(1789)に大いに刺激を受けたのも束の間、ナポレオン戦争(1803-15)に巻き込まれ、ナポレオンが敗退した後では、保守反動のウィーン体制下、窮屈な思いをしながら世を去った。革命からの戦争、一転、反動という、19世紀、激動の時代を生きたベートーヴェン。その激動があってこそのベートーヴェンの音楽だったのだろうな... という思いにもなるのだけれど、時代が違えば、ベートーヴェンにも、もっと穏やかな人生があったかもしれないと思うと、ちょっと切なくなる。
そして、さらに激動を生きたひとりの女性に注目したいと思う。激動の震源地、フランスで、たくましく生きた侯爵夫人... ピアニストにして、作曲家にして、コンセルヴァトワール、初の女性教授となった、エレーヌ・ド・モンジュルー。エドナ・スターンが弾く、1860年製、プレイエルのピアノで、モンジュルーのピアノ作品集(ORCHID CLASSICS/ORC 100063)を聴く。

エレーヌ・ド・モンジュルー(1764-1836)。
モーツァルト、8歳、ロンドンに渡り、ヨハン・クリスティアン・バッハに可愛がられていた頃、フランス、リヨンの法服貴族の家に生まれたエレーヌ・ド・ヌルヴォ。一家は、間もなく、領地を得て、パリへと移ると、良家の子女の手習いとして、エレーヌの音楽教育は始まる。が、すぐに才能の片鱗を示したエレーヌは、本格的にピアノを学び出し、デュセック、クレメンティら、古典主義の時代に華々しく活躍したヴィルトゥオーゾに師事。腕を上げる一方で、1784年、モンジュルー侯爵(当時のフランスの貴族社会らしく、28歳も年上の夫!)と結婚。サロンでピアニストとして活躍。1788年には、師、デュセックのソナタを献呈されるほどだった... が、翌、1789年、フランス革命勃発!エレーヌの人生は激動に呑み込まれて行く。モンジュルー侯爵は、自由主義貴族で、立憲革命には賛成の立場だったが、時代は"立憲革命"などとお上品なことを言っていられるような状況を失いつつあり、1792年、王制が廃止されると、侯爵夫妻は、一度、フランスを出国。が、翌、1793年、亡命貴族として財産が没収されることを恐れ、帰国。侯爵は、革命政府からナポリ王国大使に任命され、きちんとしたポストを得てナポリへ向けて出国することに... が、これが徒となる。折しもフランス革命戦争(1792-99)の真っ只中、モンジュルー侯爵夫妻は、反革命同盟を率いるオーストリア軍に逮捕され、投獄。侯爵は、そこで急死。エレーヌはパリへ戻ることが許されるも、すでにルイ16世は処刑されており、貴族たちは国家反逆罪の嫌疑が掛けられ窮地に...
そうして語られる、モンジュルー伝説!1794年、革命裁判所に出頭を命じられたエレーヌは、革命への忠誠の意思を籠めて、「ラ・マルセイエーズ」を即興で変奏し、独裁恐怖政治を布くロベスピエールを黙らせたのだとか... ピアノで独裁者に挑んだエレーヌって、カッコよ過ぎ!いや、フランス革命って、マリー・アントワネットばかりがヒロインじゃないよ... しかし、伝説は伝説であって、史実としては、はっきりとしないらしい(多少、誇張があるのかな?)。いや、そんな伝説が語られてしまうほど、エレーヌのピアノは、雄弁だったのだろう。そして、1795年、革命政府は、創設されたばかりのコンセルヴァトワールの教授に抜擢(1798年、体調を理由に辞任... )。やがて革命の混乱が落ち着き、第一帝政が成立(1803)すると、ピアノのヴィルトゥオーザとして、再び活躍を始め、コンポーザー・ピアニストとして、積極的に自作を発表。ナポレオンが敗退(1815)し、王政復古の後も精力的に活動を続けた。が、1826年、3人目の夫(実は、恋愛命の人だったみたいでして... ちなみに3人目の夫は、19歳年下の弟子!)に先立たれたことを切っ掛けに体調を崩すようになり、1834年、イタリアにいた息子を頼ろうとパリを離れる。その後、イタリア各地を転々とし、1836年、フィレンツェでこの世を去った。
という、エレーヌ・ド・モンジュルーのピアノ作品集を聴くのだけれど... 前半は、革命を乗り越えた後、第一帝政期、1811年に作曲された9番のピアノ・ソナタ(track.1-3)。いやー、まるでベートーヴェンのソナタのよう!いや、ベートーヴェンと同時代の音楽のスタイルというものを、改めて認識させられる(ちょうど、ベートーヴェンの26番と27番のソナタの合間の作品... )。そして、ベートーヴェンの時代の激動に裏打ちされた音楽のドラマティックさたるや!1楽章、アレグロ・スピリトーゾから、魅了されずにいられない。一方で、ベートーヴェンの、時に向こう見ずとも言える激情とは一味違い、もう少し洗練されたドラマティシズムが感じられるのがモンジュルーの音楽の特徴だろうか?2楽章、アダージョ・ノン・トロッポ(track.2)では、アンシャン・レジームの甘美さが戻りつつ、流れるような音楽を紡ぎ出し、フランスらしい明朗さも見せる。このあたりには、ポスト・ベートーヴェンの音楽を先取りするように感じられるところも... アンシャン・レジームのフランス風の流麗さで彩ることで、かえって次なる時代へとつなげて行く興味深さ... そこからの終楽章、プレスト(track.3)は、ロマン主義を意識させられるキャッチーさがあり、ショパンへの道筋が浮かび上がり、また興味深い。何より、魅了されずにいられない!
後半は、教育者としてのモンジュルーの側面を垣間見せてくれる『ピアノ指導のための完全教則本』(1788年から1812年の間に作曲された練習曲、114曲を収録... )から、練習曲、12曲(track.5-16)。練習曲だけに、ソナタのようにドラマティックで雄弁な音楽を響かせることは無いけれど、シューベルトを思わせる瑞々しさが溢れ、美しい!また練習曲ならではの装飾性には、どこかクープランの記憶が籠められるようで... 例えば、19番(track.7)、クラヴサンで弾いたら、ロココと見間違えそう。一方で、ピアノならではの流麗さを、最大限、生かす音楽でもあって... そうした流麗さから奏でられる37番(track.8)の点描的な音の捉え方は、印象主義へと通じるようで目を見張るものがある。フランス・クラヴサン楽派から印象主義へ、鍵盤楽器におけるフランス人の一貫した感性をモンジュルーの練習曲には見出せる気がする。かと思うと、55番(track.11)では、リストのようなキラキラとしたヴィルトゥオージティに包まれて、間もなく訪れるスターの時代を予感させるのか... また、66番(track.13)のエモーショナルさは、ロマン主義そのもの!18世紀に生まれ、アンシャン・レジームに育てられながらも、自信を持って次なる時代に踏み込むモンジュルーの音楽は、頼もしくもある。
そんなモンジュルーを聴かせてくれるスターン... 聴かせてくれる、というより、見出したと言うべきか?バッハのシャコンヌを様々な作曲家のアレンジで弾いたりと、興味深くも印象的なアルバムをリリースして来たスターンならではの、モーツァルトでもなく、ベートーヴェンでもなく、モンジュルーというチョイス。冴えているなと... いや、単なるの女性作曲家推しというのではなく、モーツァルト、ベートーヴェンに並べても、まったく遜色無い、どころか、フランスの激動を生きての魅力、独自の音楽性まで感じられての再発見!聴き手に新鮮なワクワクをもたらしてくれる。そして、その新鮮さを支える、彼女ならではのクリアなタッチ!モンジュルーの音楽の確かな魅力と、フランスならではの品、激動を生きてのドラマティシズムを卒なく展開。そこに加わる1860年製、プレイエル、コンサート・グランドのトーン... そのアンティークな響きが、スターンのクリアなタッチに味わいを加え、時には美しく暈すようでもあり、思い掛けなく幻想的!その幻想的な中に、ロココへと還るような気分、あるいは印象主義の未来が立ち現れ、驚かされ... 何より、その響きの美しさに、魅了されるばかり。それにしても、モンジュルー、作品はもちろんだけれど、その人生にも惹き込まれる。

HÉLÈNE DE MONTGEROULT ・ EDNA STERN

モンジュルー : ピアノ・ソナタ 第9番 嬰へ短調 Op.5-3
モンジュルー : フーガ 第1番 ヘ短調
モンジュルー : 練習曲 第7番 ホ短調 〔『ピアノ指導のための完全教則本』 より〕
モンジュルー : 練習曲 第17番 変ホ長調 〔『ピアノ指導のための完全教則本』 より〕
モンジュルー : 練習曲 第19番 ヘ長調 〔『ピアノ指導のための完全教則本』 より〕
モンジュルー : 練習曲 第37番 ト長調 〔『ピアノ指導のための完全教則本』 より〕
モンジュルー : 練習曲 第26番 ト長調 〔『ピアノ指導のための完全教則本』 より〕
モンジュルー : 練習曲 第28番 ホ長調 〔『ピアノ指導のための完全教則本』 より〕
モンジュルー : 練習曲 第55番 ヘ短調 〔『ピアノ指導のための完全教則本』 より〕
モンジュルー : 練習曲 第65番 変ホ短調 〔『ピアノ指導のための完全教則本』 より〕
モンジュルー : 練習曲 第66番 ハ短調 〔『ピアノ指導のための完全教則本』 より〕
モンジュルー : 練習曲 第104番 嬰ト短調 〔『ピアノ指導のための完全教則本』 より〕
モンジュルー : 練習曲 第106番 ホ長調 〔『ピアノ指導のための完全教則本』 より〕
モンジュルー : 練習曲 第107番 ニ短調 〔『ピアノ指導のための完全教則本』 より〕
モンジュルー : 最近の作品による主題と変奏

エドナ・スターン(ピアノ : 1860年製、プレイエル)

ORCHID CLASSICS/ORC 100063




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