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『クープランの墓』とクープランと、アコーディオンが捉えるそれぞれの素顔。 [2018]

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20日、大寒は過ぎましたが、寒い日が続きます。って、よくよく見てみると、20日は大寒の"入り"であって、節分までが大寒だということを、昨日、知りました。嗚呼... クラシック関連で、降誕節(バッハのクリスマス・オラトリオは、これに沿って歌われる。ので、一夜で、全部やってしまうのは、実は、間違い?)だ、四旬節(本年は3月6日に始まる... でもって、キリスト教徒でもないのに、当blog、オラトリオをいっぱい取り上げちゃう予定だよ!)だと言っている一方で、日本の暦を知らんという無知っぷりに、ため息。と同時に、今、まさに、寒い日が常態であることを思い知らされ、改めて、震える(寒いが、大きい状態で、節分まで続くとは... )。けど、わずかながら陽は伸びた?ような... 立春はまだですが、春はジワジワと近付いているのかなと... そこで、ちょっと春めいたものを聴いてみる。アコーディオン!いや、あの明朗な響きと、明朗さが生む軽やかさ、そして、実際に軽くて、持ち運べて、なればこその気の置けない佇まいもまた、春っぽい?って、勝手なイメージなのだけれど...
ベルギーのベテラン、アコーディオニスト、フィリップ・テュリオの編曲、演奏で、ラヴェルの『クープランの墓』など、ピアノ作品と、クープランのクラヴサン曲集からのナンバーを取り上げるアルバム(WARNER CLASSICS/5419.701254)を聴く。

クラシックの世界は、とかくオリジナルへのこだわりが強いジャンル。だから、あえてオリジナルから離れることで、見えて来る本質もあるような気がする。例えば、本来、作曲された楽器から離れてみたり... ということで、ラヴェルのピアノのために書かれた作品と、クープランのクラヴサンのために書かれた作品を、アコーディオンで聴いてみるのだけれど、ウーン、おもしろい!まず、アコーディオンという、クラシックのメインストリームから外れた楽器で取り上げることで生まれる、独特なニュートラルさ... クラシックにおいてはあまり馴染みが無い一方で、楽器としては小学校で触れて、より馴染みのある響きであって、この撹乱されるような距離感が、ラヴェル、クープランの聴き馴染んだ音楽への意識を刺激して来る。また、フリーリード楽器ならではの、明確な発音がもたらすポップさは、オリジナルに格調をもたらしていた情緒を、ぱぁーっと雲散させるかのようで、ある意味、アコーディオンは、恐い楽器なのかも... 庶民のピアノとも言われたアコーディオンの人懐っこい響き、時としてあけっぴろげな真っ直ぐさが、アカデミックなクラシックの音楽を丸裸にするような感覚もあるのか?なればこそ、素顔を捉えることもできるわけで... テュリオは、まさに、ラヴェルとクープランの素顔をアコーディオンで響かせる。
その始まり、組曲『クープランの墓』(track.1-6)。1曲目、プレリュードの、ちょっととぼけたようなフレーズが繰り返されるあたり、何だか風車でも回っているみたいで... それを、風で鳴るアコーディオンで捉えると、風が歌っているような印象を受ける。吹き抜けて行くそよ風が、ラヴェルの音楽をクルクルと回すような... ピアノで聴くのとは違う、この風を感じるような感覚が心地良く、のっけから惹き込まれる!続く、フーガ(track.2)は、アコーディオンのオルガン的な性格が絶妙に作用して、ピアノで聴くよりも古風さが際立つ。いや、アコーディオンで奏でられる『クープランの墓』は、思いの外、クープランへと近付いているように聴こえて、興味深い。クープランにインスパイアされた、ラヴェル流の擬古典主義は、オルガンに近いアコーディオンの響きによって、擬古典主義のフェイクなあたりを絶妙にぼかし、クープランそのものに思えてしまう瞬間も作り出す。裏を返せば、意外と真面目に、フランスにおける鍵盤楽器の大家、クープランと向き合おうとしていたラヴェルの姿が浮かび上がる。古風であることのシンプルさを活かし、得意の色彩感でダイナミックに音楽を動かすのではなく、かつての舞曲の形式で以って、淡々と組曲を綴る。そうしてフランスらしさを煮出すようなラヴェルのアプローチが強調されるのか...
という『クープランの墓』を聴いてから、クープランを聴くと、またおもしろい!クラヴサン曲集、第4巻、第21オルドルから、ズバリ!「クープラン」(track.7)が、『クープランの墓』の直後に取り上げられるのだけれど、そのセンチメンタルな表情をアコーディオンで鳴らせば、何だかパリの街角から聴こえて来そうな雰囲気が漂い出す。クラヴサンの格調高さから解放された「クープラン」は、良い意味でチープ... 庶民のピアノ、アコーディオンの性格もあるのだろうけれど、フランス音楽に底流するメローさが息衝き、今あるシャンソンのイメージの源流とでも言おうか、いわゆる音楽におけるフランスっぽさが、クープランを象徴するロココの物憂げな佇まいに、さり気なく表れる。弦を爪弾いて鳴らすクラヴサンでは絶対に感じられない、蛇腹で風を起こして鳴る楽器の、吐息にも似た、ある種の生々しさ... 「クープランの墓」は古風に感じられる一方で、クープランはより新しく感じられるアベコベ感がおもしろい。いや、改めて考えてみると、クープランは新しい。オリジナルで聴けば、クラヴサンのキラキラとした装飾的な響きに耳が奪われがちだけれど、あのキラキラを取っ払えば、今に通じるメロディー性や、小気味良いリズムが露わとなって、ポップ!アコーディオンは、そのあたりをあっけらかんとすくい上げてしまう。「ティク・トク・ショック」(track.12)なんて、ノリが良く、小気味良くて、まるで今の音楽のよう!
さて、アコーディオンというと、タンゴでの切れ味の鋭いイメージ(正確にはバンドネオンだけれど... )があるけれど、そうしたあたりも存分に聴かせてくれるテュリオ!スペイン調の激しいリズムと、鮮やかな色彩が乱舞するラヴェルの「道化師の朝の歌」(track.10)では、アコーディオンの鮮烈さが遺憾無く発揮されて、それこそタンゴかと思わせるほど... いや、色彩を伴っての鋭いリズムを聴いていると、『春の祭典』すら思い起こされ、凄い。しかし、圧巻なのは「ラ・ヴァルス」(track.14)!アコーディオンとの相性がこれほどに良いとは... ちょっと古めかしいワルツが、怪しげに彩られる幻想的な作品を、アコーディオンの性格をフルに活かして、表情豊かに鳴らして来るテュリオ!ワルツは程好くチープで、幻想的なあたりはオーケストラに負けず圧巻の色彩感で表現し切り、感服。ラヴェルは、ワルツにウィーンへの憧憬を籠めたわけだけれど、アコーディオンが奏でると、そこはもうパリ!何だか、むせ返るほどにフランス!やがて、クラクラして、足元が覚束なくなって、目が回るような感覚を覚える中、迎える、カタストロフ... いやー、テュリオは、たった独りで交響詩に仕上げる!ありのままのアコーディオンらしさを大切にしながら、恐るべきテクニックで、凄い幻想を見せて来る。何より、ラヴェルとクープランを並べることで、フランス音楽のフランスっぽさを抽出し、魅了して来る。

RAVEL – COUPERIN PHILIPPE THURIOT

ラヴェル : 組曲 『クープランの墓』 〔編曲 : テュリオ〕
クープラン : クープラン 〔クラヴサン曲集 第4巻 第21オルドル より〕 〔編曲 : テュリオ〕
ラヴェル : 古風なメヌエット 〔編曲 : テュリオ〕
クープラン : ミューズ・プランティーヌ 〔クラヴサン曲集第3巻 第19オルドル より〕 〔編曲 : テュリオ〕
ラヴェル : 道化師の朝の歌 〔編曲 : テュリオ〕
ラヴェル : 亡き王女のためのパヴァーヌ 〔編曲 : テュリオ〕
クープラン : ティク・トク・ショック 〔クラヴサン曲集 第3巻 第18オルドル より〕 〔編曲 : テュリオ〕
クープラン : 神秘的な障壁 〔クラヴサン曲集 第2巻 第6オルドル より〕 〔編曲 : テュリオ〕
ラヴェル : ラ・ヴァルス 〔編曲 : テュリオ〕

フィリップ・テュリオ(アコーディオン)

WARNER CLASSICS/5419.701254




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