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ミニマル・ミュージック、半世紀、一巡りしてのナチュラルなパルス、ライヒ... [2018]

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いやはや、2019年が動き出したと思ったら、あっちでこっちで、あーじゃないこーじゃないとエゴがぶつっております。新しい年は、こういうのを断ち切って、前に進みたい気持ち満々だったのですが、年が改まったぐらいで、問題が片付くなんてことは、無いわけでして、溜息のニュースが続きます。てか、年初から、見事にこんがらがっている、日本に、世界に、もう、笑っちゃいます。いやいや、正月ボケの頭には、このこんがらがりが、正直、しんどい。ということで、こんがらがっていない音楽を聴く。複雑でない音楽。シンプルな音楽。ミニマル・ミュージック。むしろ、新しい年を、ミニマルなところから始めるのは、乙なのかもしれない。ミニマル・ミュージックの、いろいろな面で断捨離された姿に触れると、もう一度、音楽の基点に戻れるようで、何か、清々しい心地にさせてくれる。でもって、改めてミニマル・ミュージックに向き合うと、ポジティヴな気持ちを掘り起こしてくれる!
そんな音楽... 巨匠、ライヒの近作を聴いてみようと思う。インターナショナル・コンテンポラリー・アンサンブルの演奏で、2015年の作品、パルスを、コリン・カリー・グループの演奏で、2013年の作品、クァルテット(NONESUCH/7559793243)を聴く。

ミニマル・ミュージック、というと、ある種、圧倒的なイメージがある。現代音楽にカテゴライズされながら、気難しくなく、より幅広い音楽ファンにアピールし得る、クールな音楽!当たり前のように、そうしたイメージを共有して来たのだけれど、改めて、戦後音楽史という観点からミニマル・ミュージックの歩みを見つめてみると、そう単純なものでないことに気付かされる。そもそも、ミニマル・ミュージックの出発点は、十分に"ゲンダイオンガク"であって、尖がった実験音楽だった。1950年代末、音列音楽の先に、ミニマル・ミュージックの扉を、手探りで開けたラ・モンテ・ヤング(b.1935)は、前衛芸術家集団、フルクサス(ジョン・ケージ、ヨーゼフ・ボイス、オノ・ヨーコ、ナム・ジュン・パイクら、はっちゃけたレジェンドたちが結集し、様々なパフォーマンスを繰り出した!)に参加していたし... "it's gonna rain"という言葉を録音したテープを2つ用意し、同時に再生、延々と反復させて生じるズレに音楽を見出したライヒ(b.1936)の「イッツ・ゴナ・レイン」(1965)なんて、まさに実験音楽の極み!一方、1960年代に入ると、ミニマル・ミュージックは、時代の気分に共鳴し、その在り方を見定めて行く。
そうした時代の代表作が、ライリーのin C(1964)。タイトルの通り、ハ長調によるシンプルなリズムに乗って、作曲家が用意した53の断片を、音楽家たちがそれぞれに奏でるという希有な作品。何となくみんなで集まって、同じリズムに乗って、陶酔へと至る... って、ヒッピー文化をそのまま映すかのような在り方だよなァ。そうそう、ミニマル・ミュージックを担った作曲家たちが、インド音楽にインスパイアされていたのも、特徴的(ヒッピー文化は、インドなど東洋の思想や宗教から大きな影響を受けていた... )。そうして花盛りとなるサイケデリック(LSDといった幻覚剤によって引き出される超越した色彩やヴィジョンにインスパイア... )な時代、グラス(b.1937)は電気の力を借りて、圧倒的にカラフルな音楽を繰り出す。まさに、サイケ!楽器がアンプリファイされるということは、音楽における幻覚剤の導入?なんても言えそう... またライヒが1960年代後半から1970年代に掛けて緻密に織り成した音楽を聴くと、それそのものが幻覚剤に思えて来る?いや、ミニマル・ミュージックというのは、ひとつの時代を象徴するムーヴメントだったのだと思う。しかし、ミニマル・ミュージックは、今に至る...
やがてサイケデリックな時代が過ぎ去れば、世の中は見事に保守化!それに呼応するように、グラスはオペラという西洋音楽史を象徴する形に新たな活路を見出し、ライヒはドイツ系ユダヤ人というルーツに注目し、新しいオラトリオのようなスタイルを模索して行く。巨大な編成に、壮大な物語と、1980年代、ミニマル・ミュージックは、ミニマルとは言えなくなった... が、サイケデリックが色褪せて終わったのを尻目に、ミニマル・ミュージックは驚くほどしなやかに新たな時代の気分に即して変貌を遂げる。1990年代、映像を用い、コンピューターを用い、ミニマリズムのDNAを活かした解り易い音楽性を活かしながら、最先端を走ってみせる巧みさ!そうしてもたらされるクールなイメージ。聴き手には、より取っ付き易く、馴染み深さすら覚え、作曲家たちは楽壇の一角を占める巨匠に... そんな21世紀、ライヒの4年前の作品、パルス(track.1)と、6年前の作品、クァルテット(track.2-5)を聴くのだけれど、いや、久々にライヒの作品を聴くと、何だか清らかな心持ちになれる。
まるで朝日が昇る前、黎明の空を見渡すように始まるパルス。ヴァイオリンとヴィオラによる弦楽と、フルート、クラリネット、それぞれ2本ずつ、それから、ピアノに、エレキ・ベースという、独特な編成で綾なされる響きは、穏やかにして、広がりを感じる。それでいて、ミニマル・ミュージックが未だミニマルだった頃の真摯さが感じられ、音楽そのものから、ふわっと感動が浮かび上がる。実験音楽、サイケデリックを経て、保守的だったり、テクノロジーを用いたり、いろいろ試みてのパルスは、どこか原点回帰を思わせる。しかし、かつてのような、幻覚剤的なギンギンのテンションは無く、一巡りしての洗練とでも言おうか、達観した境地が窺えて、ナチュラルに美しい。という作品を、ニューヨークの現代音楽アンサンブル、インターナショナル・コンテンポラリー・アンサンブルで聴くのだけれど、現代音楽専門ならではのニュートラルさの一方で、現代音楽に付き纏う堅さ、怜悧さをいなして、作品の持つナチュラルな佇まいを際立たせる!うん、ジャケットのイメージ、そのもの...
というパルスに続く、クァルテット(track.2-5)は、2台のヴィブラフォンと2台のピアノという打音系四重奏... だから、よりリズムが強調され、ミニマル・ミュージックならではの歯切れの良さが立ち、心地良い!一方で、ヴィブラフォンとピアノという明朗で豊かな響きを放つ楽器なればこその色彩感が、聴く者を多幸感で包み、パルス同様、かつてのミニマル・ミュージックを思い起こさせるのか... けれど、その肌触り、昔にはなくやわらかでもあって、ある意味、ヘルシー?ミニマル・ミュージックがひとつ次元を上昇した姿を見せてくれる。そして、パーカッショニスト、カリー率いる四重奏、コリン・カリー・グループが、実に豊潤なサウンドを響かせていて、ミニマル・ミュージックでありながら、表情に富んだ演奏を繰り広げる。それは、機械的ではなく、どこか体温を感じられるパフォーマンス... だから、余計にヘルシー?幻覚剤を必要とせずに卒なく聴く者の心を解放してくれる。いや、頭をスッキリさせてくれる音楽。その魅力は衰えない。

STEVE REICH PULSE/QUARTET

ライヒ : パルス

インターナショナル・コンテンポラリー・アンサンブル

ライヒ : クァルテット

コリン・カリー・グループ

NONESUCH/7559793243




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