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クリスティーナ、王様、辞めるってよ。そして、ローマ... [2018]

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8月は、音楽で避暑... 北欧の音楽を聴くということで、まずデンマークに注目したのだけれど、次はスウェーデン!ということで、前回、デンマーク王、クリスチャン4世(在位 : 1588-1648)を取り上げたので、スウェーデン女王、クリスティーナ(在位 : 1632-54)を取り上げてみようかなと... ちなみに、この2人、縁戚関係。クリスティーナの母の叔母が、クリスチャン4世の王妃。でもって、クリスティーナの父、グスタフ2世アドルフ(在位 : 1611-32)は、クリスチャン4世とともに、ドイツをどん底に突き落とした三十年戦争(1618-48)を、新教側のリーダーとして戦ってる。しかし、グスタフ2世アドルフの陣没により、デンマークとスウェーデンの関係はぎくしゃくし始め、三十年戦争末期、とうとう戦闘状態に... 父の突然の死により、6歳で王位を継承したクリスティーナは、未だ10代。老獪なクリスチャン4世を相手に、試練の時を迎えた。が、父が鍛えたスウェーデン軍は強かった!スウェーデンはデンマークを打ち負かし、北欧にパラダイム・シフトを引き起こす。ルネサンス君主、クリスチャン4世から、やがてバロックを体現する人生を歩むクリスティーナへ... それは、北欧の盟主の座が動いただけでなく、ルネサンスからバロックへと、時代のうつろいを象徴するターニング・ポイントでもあった。
そして、バロックの女王、クリスティーナの、バロックを体現する劇的な人生が始まる。1654年、27歳の時、自ら玉座を降り、聖都、ローマへ!という、ローマでのクリスティーナの音楽生活を見つめるアルバム... マーラ・ガラッシのハープによる"PORTRAIT OF A LADY WITH HARP Music for Queen Christina of Sweden"(GLOSSA/GCD 921304)を聴く。

アタシ、婿、取らないから。エリザベスだって、そうだったでしょ。けど、国家と結婚する気なんて無いからね。てか、もうスウェーデンに辟易。王様、辞めるわ。オードリーみたいに、ローマで休日を過ごしたいわけよ。でね、驚かないで聞いて欲しいんだけど、カトリックに改宗します!三十年戦争、新教側のリーダーとして戦い、その戦場にて散った、北欧の獅子、グスタフ2世アドルフの一人娘が、カトリックに改宗する。これはもう、当時のヨーロッパにとって、一大センセーション!宗教に端を発する戦争を30年もやった後、新教は面目を失い、旧教は勝ち誇る... 1654年、27歳のクリスティーナは、粛々と退位すると、いざ、聖都、ローマへ!翌、1655年、アルプス越えを目前に、インスブルックで、カトリックに改宗。ここに宮廷を構える、前方オーストリア大公、フェルディナント・カール(クリスティーナの父が戦った相手、神聖ローマ皇帝、フェルディナント2世の甥... )から、盛大な歓待(チェスティによるオペラの上演など... )を受ける。イタリアに入ってからも、各地の宮廷で歓迎され、クリスマスを前にしたローマ入城は、さながら凱旋行進のようだったとか... そして、クリスマス、教皇による聖体拝領を受けたのに始まり、クリスティーナ歓迎の祝祭は、年を跨いで続き、マラッツォーリのオペラに、カリッシミのオラトリオと、ローマ楽壇が誇る作曲家たちの作品が次々に上演、演奏され、聖都、ローマは大いに沸いた。
そうして始まった、クリスティーナのローマ生活... 王妃でも、王女でもなく、元女王というインパクト、新教からの改宗者に向けられた尊敬と、スウェーデン時代、デカルト、グロティウスらと親交を結んだ知性が、ローマのセレヴたち、知識人たち、芸術家たちを惹き付け、1656年、自ら主宰する文学のためのアカデミー(このアカデミーは、クリスティーナ亡き後も権威あるアッカデミア・デッラルカーディアとして存続... )を創設。一躍、ローマを代表する文化人になったクリスティーナ。もちろん音楽のパトロンとしても大活躍!1670年には、オペラハウス、トルディノーナ劇場を作ってしまうほど、オペラ支援に力を注ぎ... 一方、ローマのオペラ・シーンで活躍したマラッツォーリ(1602-62)を自らの宮廷の楽長に迎え... やがて、バロック期を代表するヴァイオリンのヴィルトゥオーゾ、コレッリ(1653-1713)をコンサート・マスターに雇い... さらに、ナポリ楽派、最初の巨匠、アレッサンドロ・スカルラッティ(1660-1725)の才能をいち早く見出し、楽長に抜擢している。って、クリスティーナの音楽への貢献は、ただならない。いや、音楽史にとって極めて重要な人物だったと言えるのかも...
そんなクリスティーナの肖像を、ハープで描き出そうというアルバム、"PORTRAIT OF A LADY WITH HARP Music for Queen Christina of Sweden"。クリスティーナのローマの宮廷を彩った作曲家たち、パスクィーニ(1637-1710)、ストラデッラ(1639-82)、コレッリ(1653-1713)、アレッサンドロ・スカルラッティ(1660-1725)ら... つまり、ローマのバロックを輝かせた大家たちのヴァラエティに富む作品を、ハープで奏でる試み... 始まりは、クリスティーナの支援の下、ローマで活躍した鍵盤楽器奏者(オペラや教会音楽も作曲... )、パスクィーニのミローネのトッカータ... その憂いに充ちた表情が、ハープのアルカイックな響きにぴったりで、続く、アルマンド(track.2)は、この舞曲の優雅な佇まいが古風に感じられ、ルネサンスの残り香が漂うかのよう。いや、クリスティーナのバロックを地で行く劇的な人生を見つめ、華麗な音楽に包まれていただろう生活を思えば、ズレているようにも感じるのだけれど、教皇聖下の御膝元、ローマは、他のイタリアの都市に比べ、保守的であり、17世紀を迎えても未だパレストリーナ様式は健在... そうした保守性が、他のイタリア都市には無いトーンをローマのバロックに育んだか... 劇的であることがバロックの革新であったはずが、ローマではアルカイック。そして、ガラッシのハープは、このローマのバロックの特性を、繊細に引き立てて魅了する。
王位を投げ出す破天荒さ、華麗なるローマの音楽シーン、クリスティーナの肖像は、ドラマティックで、ゴージャスで、典型的なバロック絵画となるのだろう。が、もう少し、丁寧に彼女の姿を見つめると、また違った肖像が浮かび上がる。母国、スウェーデンから経済支援(あまりに音楽に熱を入れ過ぎたため... )を得ようと、何度か里帰りするも、当然ながらスウェーデン政府は冷たく、復位を試みれば、相手にされず、ならばと、フランスの支援でナポリ王位(当時のナポリ王国は、斜陽のスペイン・ハプスブルク家の支配下にあった... )を狙うも、失敗。歓迎されていたはずの聖都、ローマとも複雑で、王位を投げ出してしまうほど自由なクリスティーナは、保守的な教皇と常に折り合いが悪く、女性らしさに囚われないクリスティーナの風変わりな態度は、一般には受け容れ難く... スウェーデンにいても、ローマいても、異邦人だったクリスティーナ... バロックを体現した自由な人の心は、孤独だったのかもしれない。ガラッシのハープは、そんなクリスティーナの心情に迫る。大胆さに隠されたひとりの女性の繊細さを掘り起こすようで、儚く、愛おしく、ローマのバロックのアルカイック(それは、クリスティーナのアルカディアだったのだろう... )に絶妙に重ねて、やさしい。

PORTRAIT OF A LADY WITH HARP Music for Queen Christina of Sweden

パスクィーニ : ミローネのためのトッカータ
パスクィーニ : アルマンド
パスクィーニ : パッサカリア
パスクィーニ : ビッザリーア
パスクィーニ : イル・パッジョ・トデスコのための変奏曲
パスクィーニ : トッカータ 第8番
コレッリ : トリオ・ソナタ 第1番 ヘ長調 Op.1-1
アルカデルト : Se la dura durezza passeggiato
作曲者不詳(17世紀) : トッカータ
作曲者不詳(17世紀) : ナポリのテノール
作曲者不詳: コレンテ
パスクィーニ : ペトロニッラのためのパッサカリア
ストラデッラ : 独奏ヴァイオリンによるシンフォニア
アレッサンドロ・スカルラッティ : トッカータ
アレッサンドロ・スカルラッティ : フーガ
コレッリ : グラーヴェ 〔トリオ・ソナタ 第1番 ヘ長調 Op.1-1 より〕

マーラ・ガラッシ(ダブル・ハープ)

GLOSSA/GCD 921304




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