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ブルックナー、8番の交響曲。 [before 2005]

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音楽で世界が浄化できたならば... そんなことをつい妄想してしまう今日この頃、世界を浄化できる音楽があるとするならば、それはどんな音楽だろう?ということで、モーツァルトの「ジュピター」と、シューベルトの「グレイト」を聴いたのだけれど、ここで、大本命、ブルックナー!いや、ブルックナーの交響曲って、「浄化」と言うより、「消毒」ってくらいに強烈なサウンドを放って来て、ただならないインパクトがある。絶対音楽たる交響曲の、その極北にあるだろうブルックナーの交響曲の峻厳さは、聴き手にとって、時として暴力的ですらあって、恐くすらなる(いや、以前は苦手でした... )。けど、それは、間違いなく壮麗で、圧倒的で、音楽というスケールで捉えることをやめると、ナチュラルに受け止めることができるのか... 受け止めてしまえば、後はもう、浄化されるがまま?
ということで、「ジュピター」、「グレイト」に続いての、音楽による浄化の試み、最終兵器!ブルックナーの交響曲... リッカルド・シャイーが率いたロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏で、ブルックナーの8番の交響曲(DECCA/466 653-2)を聴く。

1楽章、冒頭から、ああぁぁ... となる。何か唐突な出だし、もうちょっと丁寧に始めたら、音楽的にグっと魅力が増すように思うのだけれど、そうはして来ないブルックナーの不器用さ... ワーグナーの楽劇を見るような、劇的な緊張感を孕み、極めてロマンティックな気分に彩られ、陶酔的でもあるのだけれど、順序立って展開されないような、不自然さが常に付き纏う。1887年、8番の交響曲が完成すると、ブルックナーは、初演してもらおうと、早速、指揮者、レヴィにスコアを送るのだけれど、演奏することは難しいだろうというのがレヴィの反応だった。いや、まったく以って頷ける。どんなに輝かしいサウンドを放ち、夢見心地に美しいフレーズが流れ出したとしても、音楽全体としては、聴き手の生理に寄り添うようなことはしない。裏を返せば、音楽的ではないとさえ言える気がする。他の作曲家なら器用に編集し、より魅惑的な音楽を織り成せるだろうに... 武骨な田舎者、ブルックナーの不器用な処理に、レヴィも面喰ったのだろう。が、一方で、これほどまでに聴き手に媚びていない音楽も他に無い。麗しく整えられた音楽など軟派だと突き離すかのように、ブルックナーの頭に鳴り響いた音塊を、そのままスコアにアウトプットし、思うがままに交響楽を構築して行く... ブルックナーの交響曲は、近代彫刻のようであり、近代建築のようであり、19世紀の芸術の在り方を凌駕している。のだけれど、芸術家として自信に欠けるようなところのあるブルックナーの田舎者っぽさというのか、結局、8番の交響曲は改訂され、それでも紆余曲折がありながら、1892年にウィーンで初演されるに至る。で、ここで聴くのは第2稿を用いたノヴァークによる校訂版...
21世紀、オリジナル主義が盛り上がって、ブルックナーも原典版で取り上げられることが多くなりつつある中で、より一般的なノヴァーク版を、少し意識して聴いてみると、自らの音楽を時代に何とか擦り合わせようとするブルックナーの姿が浮かび上がるようで、ちょっと興味深く感じられる。それは、1880年代、後期ロマ主義の時代のニュアンスのようなものが端々から感じられて、全体を仄かに芳しいものとするような... ブルックナーの生(き)の芸術とも言える原典版のピュアな在り様の新鮮さから振り返るノヴァーク版は、熟成された印象があって、その魅力を再認識させられるよう。で、それをより引き立てるシャイーの音楽性が絶妙に効いていて... オペラ指揮者としても活躍するシャイー(昨年、ミラノ、スカラ座の音楽監督に就任!)だからこその、情景を描き出すような繊細さ... ワーグナーの楽劇を思わせる、深くも瑞々しい雰囲気に包まれて、そこはかとなしに魅惑的(いや、ブルックナーのワーグナーからの影響を改めて思い知らされる... )。3楽章、アダージョ(track.3)などは、時に艶やかですらあって、映画音楽を思わせる感覚も... こういうあたりに、シャイーの器用さを見出す。ブルックナーとは対極にある器用さ、ミラノ生まれの都会派のマエストロのお洒落さ、そうしたところから繰り出される、屈託の無い音楽、それは、現代っ子感覚を思わせるライトさがあって、おもしろい。そんなシャイーに応えるコンセルトヘボウ管の、名門ならではの落ち着きが、スマートなブルックナーを生み出すに至っていて、魅力的。
とはいえ、やっぱりブルックナーはブルックナー。2楽章、スケルツォ(track.2)の、粗野にも思えるシンプルな主題(ブルックナーは、「ドイツの野人」と解説している... )が、執拗に繰り返されたりすると、音楽で殴られているような気がして来る。終楽章(track.4)の、スターウォーズの帝国軍が攻めて来そうな物々しい出だし、その前の3楽章、アダージョ(track.3)があまりに美しかったものだから、その物々しさには中てられてしまう。けれど、そういう部分もひっくるめて、突き抜けて壮麗なるブルックナーの交響曲... 聴き手を寄せ付けないような峻厳さに、かえって惹き付けられてしまう。丁寧に紐解けば、「ジュピター」、「グレイト」の延長線上にあって、ロマン主義というより、古典主義的な構築性を見出せて、一方で、ワーグナーからの影響を多大に受け、マーラーやショスタコーヴィチへとつながる道筋も浮かび上がるブルックナーの交響曲。確かに音楽史の重要な1ピースを担っているのだけれど、今、改めてその音楽に触れてみれば、そうした音楽史の大きな流れを超越して感じられ、神々しく、畏怖せずにいられない。絶対音楽たる交響曲の、その極北にあるだろうブルックナーの交響曲... どの作曲家の交響曲よりも、交響楽であるように強く感じてしまう。

BRUCKNER: SYMPHONY NO.8
CHAILLY / ROYAL CONCERTGEBOUW ORCHESTRA

ブルックナー : 交響曲 第8番 ハ短調 〔ノヴァーク版〕

リッカルド・シャイー/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

DECCA/466 653-2




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