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ロシア音楽の豊かさから生み出される『春の祭典』の衝撃。 [2014]

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さて、12月になりました。2016年も、終わりが見えて来ましたよ。
いつもだったら、もう師走!となるところだけれど、今年は、やっと辿り着いた感じ。それだけ、いろいろなことがあり過ぎたということなのでしょう。あり過ぎた分、今年の初めが、どんなだったか、全然、思い出せない... というより、それは3年くらい前に感じてしまうほど... いや、こういうのが、過渡期、時代が動いている証なのかもしれません。20世紀の惰性でここまで何とか転がり続けて来たものの、新たな動力を見出さなくては前へと進まなくなりつつあるのが今の世界か... 推進力を失いつつある中で、錯綜する人々の姿は、世紀末っぽい。いや、21世紀も16年が経とうしているのだけれど... それは、これまで、21世紀独自の動力を模索して来なかったツケでもあるように感じる。一方で、真の21世紀の開始は目前にも思えて来る。
なんてことを考えてしまうのは、バロックから古典主義への過渡期を巡って来たからか。いや、歴史から学ぶことは大きいのです。で、新しい時代へ... 気分を変えて、20世紀へとジャンプ!鬼才、フランソワ・グザヴィエ・ロト率いる、ピリオド・オーケストラ、レ・シエクルの演奏で、ストラヴィンスキーのバレエ『春の祭典』(MUSICALES ACTES SUD/ASM 15)を聴く。

えーっと、サティも、プーランクも、ピリオドで対応しちゃう21世紀だから、今や『春の祭典』くらいで驚く必要は無いと思うのだけれど、20世紀、近代音楽の幕がセンセーショナルに切って落とされた作品だけに、それをピリオドでとなると、どーなんだろ?"ピリオド"というものが可能なのか、懐疑的に思えて来る。というより、これまで耳にして来た、モダンのオーケストラによる鮮烈なサウンドこそ、ピリオド・アプローチと言えるのでは?『春の祭典』の、まさにモダニズが炸裂するあたり、1913年、パリ、シャンゼリゼ劇場を震撼させた、新しい時代の衝撃は、これまでも十分に伝えられていたと思う。けれど、「これまで」に甘んじないのが、鬼才、ロト... ここで聴く『春の祭典』(track.1-13)は、初演時のリアルなサウンドに肉薄するものなのだろう。が、そこに、ピリオド楽器ならではの癖のある音色を見つけ出すことは難しい。やっぱり、20世紀ともなれば、モダン楽器の響きは確立されていて、"ピリオド"による目新しさは、生み出し難いと言えるのかもしれない。となると、つまらない?
いやいやいや、『春の祭典』をピリオドで挑もうというチャレンジングなロトだけに、タダモノではない演奏を繰り広げる。というより、もう、ただただ驚かされる『春の祭典』が展開される。まず、ピリオドらしく、ノン・ヴィブラートで斬り込むモダニズムは、驚くほど締まった印象を与え、これまでにない瞬発性や、機動力を発揮し、俄然、表現の幅を高めてしまうから、おもしろい。1913年、警察が出動するほどの騒ぎを呼んだ、『春の祭典』ならではの不協和音、変拍子は、100年を過ぎてもなお、鋭く、攻撃的で、指揮者がそれを捌き切るのは至難の業だし、オーケストラにとっても容易いことでない。で、その難しさが生むスリリングさも、『春の祭典』の魅力のように感じる。弾き手も、聴き手も、ただならない緊張感を共有することが、『春の祭典』の醍醐味と言えるのかもしれない。が、そういう、20世紀的な『春の祭典』像を鮮やかに断ち切って来るのがロト+レ・シエクルの凄いところ。全ての瞬間から難しさが排除された『春の祭典』の、何とも言えず取り澄ました表情の不思議さ!そこにあるのは、ストラヴィンスキーを育んだ、19世紀のロシア音楽の豊かさ、ムソルグスキーの灰汁の強さであり、リムスキー・コルサコフの明晰な響き... そうしたベースの上に立ち上げられた『春の祭典』は、過去との断裂を感じさせない。そこが、衝撃的!つまり、モダニズムだけでは語れぬ、19世紀的なシックさ、深みに充ち満ちている!そうして浮かび上がる、けして抽象的ではない、よりファンタジックなイメージ。暴力的な近代音楽が、まるで魔法に掛かったようにイメージを一新させる。もちろん、近代音楽であることは間違いないのだけれど、それだけに留まらない...
その後で取り上げられるのが、『ペトルーシュカ』(track.14-24)。『春の祭典』の2年前の作品だけに、センセーショナルなモダニズムで圧倒するようなことはない... はずなのだが、ロト+レ・シエクルは、そうしたイメージも裏切って来る。いや、思い掛けなく、モダニズムが強調される『ペトルーシュカ』!人形劇を題材とした物語は、ファンタジックで、愛らしくすらあるのだけれど、そういう部分を冷徹に捉えるロト。そして、ドライに響かせるレ・シエクル。すると、擬古典主義を予感させるトーンに包まれ、『春の祭典』の4年後の作品、『狐』に通じるところもあるのか... いや、よりモダニスティックで、まるでコープランドを聴くような感覚があって、コラージュ風にイメージが錯綜するあたりは、アイヴズのよう... 『ペトルーシュカ』に漂う、情緒的なものを気化して、怜悧に音楽を捌いて生まれるひんやりとしたシャープな響きは、ちょっと猟奇的にも感じられ、ペトルーシュカの物語のバッド・エンドを、リアルに響かせて、後味の悪さをさらりと乗せてくる巧さ。スタイリッシュなスラッシャー・ムービーを見たような、独特の余韻を残して、『春の祭典』とはまた違う魅力に、グイグイ、惹き込まれてしまう。
それにしても、聴き尽した観すらある『春の祭典』(track.1-13)、『ペトルーシュカ』(track.14-24)を、衝撃的なほどに新鮮に向き合わせてくれる、ロトの我が道を走り切る姿勢と、それに見事に応えるレ・シエクルのスーパー・パフォーマンス、凄過ぎる... これこそ、21世紀の指揮者であって、オーケストラなのだと思い知らされる。で、もはや"ピリオド"云々は関係無いのかもしれない。どんなに伝説的な作品であっても、身構えることなく、自らのヴィジョンを貫き、説得力を以って、聴き手に向かって行く。この態度の潔さ、鋭さ、カッコ良過ぎる。何より、それを可能としている、指揮者の作品の読みの深さ、オーケストラを見事にコントロールする能力、20世紀とは次元が違うと言わんばかりに、完璧なテクニックに裏打ちされたエフォートレスなオーケストラの演奏。恐るべき、現代っ子たち、突き抜けている。まさに、21世紀...

Stravinsky: Le Sacre du Printemps, Petrouchka

ストラヴィンスキー : バレエ 『春の祭典』 〔1913年、初演版〕
ストラヴィンスキー : バレエ 『ペトルーシュカ』 〔1911年、初演版〕

フランソワ・グザヴィエ・ロト/レ・シエクル

MUSICALES ACTES SUD/ASM 15




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