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「前衛」の対岸にて、ブリテン... [2008]

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ブリテンの音楽というのは、20世紀、革新的な近代音楽、先鋭的な現代音楽に取り囲まれながら、保守的な姿勢を貫いて、独特な境地に至ったわけだけれど、そうしたあたりを、今、改めて見つめ直すと、とても現代的で、クールな印象を受ける。場合によっては、クラシック離れした雰囲気すら見せ、思い掛けず、ライトなセンスで魅了して来る。のだけれど、オペラはどうだろう?もちろん、喜劇的な作品もあるのだけれど、代表的な作品は、どれもヘヴィー... このあたりに、ブリテンという作曲家の一筋縄には行かない性格(セクシュアル・マイノリティであること... 現代と違って、それが犯罪であったこと... そういう理不尽な緊張感の中で育まれる音楽性もあったはず... )を感じる。一味違う視点、見る者の心を抉るような鋭さは、音楽における革新性だけでは実現し得ない、より高い次元に立ってオペラを捉える力があってこそのもの。だからこそ、より文学的な表現を可能とし、それ以前のオペラにはない、生々しいドラマを生み出すのだろう。そんなブリテンのオペラを聴いてみようと思う。
軍艦という閉鎖的な空間を舞台に、男声のみで歌われる異色作... ダニエル・ハーディングの指揮、ロンドン交響楽団の演奏、ネイサン・ガン(バリトン)のタイトル・ロールを筆頭に、イアン・ボストリッジ(テノール)ら、充実のキャストを擁しての、メルヴィルの同名の小説を原作とする、ブリテンのオペラ『ビリー・バッド』のライヴ盤(Virgin CLASSICS/5 19039 2)を聴く。

『ピーター・グライムズ』、『ねじの回転』に比べると、若干、知名度は落ちるのかもしれない。けれど、そこに籠められた濃密なドラマは、どのオペラよりもインパクトがあるように思う。ハンサムで、とにかく根っからのいいやつ、新米水兵、ビリーが、軍艦という男だけの世界の、鬱屈した情念に翻弄され、無垢であるがゆえに、死へと追い込まれる、救いの無い物語。いや、純真なビリーが死ぬことで、鬱屈した情念は浄化されるのか?満たされることの無い愛は成就されたのか?これは、ブリテンの『さまよえるオランダ人』であり、『トリスタンとイゾルデ』なのかもしれない。男声だけで歌われる... 海の上、軍艦内でドラマが進められる... という、一般的なオペラのイメージからすると、まったくあり得ないような様相を呈しているのだけれど、見事にオペラに仕上げたブリテンの力量に、まず驚かされる(しかし、これを実際に劇場に持ち込むとなると、至難の業かも... )。
コーラスを含め、全てのキャストが男声というだけに、そこから響いて来るサウンドは、独特の雰囲気を纏う。が、男声コーラスの歌声は、まさに海を思わせて、1幕、3場の「ヒロまで吹け」(disc.2, track.10)の壮大さは、圧倒的。かと思うと、水兵たちが歌う陽気な船乗りの歌(disc.2, track11)など、キャッチーで、楽しげで... しかし、何と言っても、2幕、1場、前方にフランス艦を発見してから、戦闘へと向かうシーン(disc.3, track.3)の血気に逸る水兵たちのコーラスの勇壮さ、艦内が緊迫して行く様子がポリフォニックに展開(作曲家、ブリテンの力量が、如何なく発揮!)され、手に汗握る。いや、その作り込まれたダイナミックさは圧巻!それから、2幕、3場(disc.3, track.14-16)、処刑を前に、達観した表情を見せるビリーのロマンティックな歌声(オペラらしいシーンも巧みなブリテン!)も、何とも切なく惹き込まれ... 続く、ビリーが処刑された後、艦内の遣る瀬無さが充満するコーラス(disc.3, track.19)の複雑な表情... 情景はもちろん、状況をも鋭く音楽で描き出し、まるで映画を見るようなヴィヴィットさを響かせるブリテン。20世紀にあって、「前衛」とは違う場所にいた作曲家の、独自に築き上げた恐るべき表現力に、ただただ感服するばかり。何より、その音楽の、「前衛」の対岸にあるサウンドの雄弁さ!これは、20世紀オペラの傑作のひとつであることは間違いない... いや、戦慄すら覚える...
で、ハーディング、ロンドン響の演奏がまた凄い!この、イギリス・チームの、イギリスを代表する作曲家への強い思い入れが、ガンガン伝わって、ちょっと泣けて来る。あらゆることが的確で、丁寧で、変に感情過多になることなく、じっくりとドラマを練り上げ、盛り上げ、弛緩する瞬間がまったく無い。それでいて、オペラならではのエモーショナルな気分もしっかり創り出し... そこに、ボストリッジ(テノール)が歌う、品位を感じさせるヴィア艦長、ガン(バリトン)が歌う、ハンサムで本当にいいやつなビリー、サクス(バス)が歌う、情念がくぐもってグロテスクさすら滲むクラッカードと、歌手陣は誰も彼もドンピシャにはまって、ストレート・プレイのようなリアルな緊張感が凄い。そうした中で、ボストリッジの相変わらずの明瞭な声が美しく、男声だけのヘヴィーなアンサンブルに、その輝かしさは際立ち、ビリーが惚れるのもわかる... 一方で、ヘヴィーな中での"輝かしさ"の弱さ(ビリーを助けることができなかった... )も強調されて、絶妙。主役はビリーだけれど、ヴィア艦長のナイーヴさが、ある意味、このオペラを象徴しているようにも感じる。それから、忘れてならないのが、ロンドン響の合唱団!いやー、迫力満点のコーラスはもちろんなのだけれど、どこか、ぶっきらぼうな風情で、むさくるしい艦内を器用に表現していて、そういう繊細さにも驚かされる。そして、その全てが相俟っての圧巻のサウンドに、ノック・アウト!
ということで、ひたすら圧倒された3枚組(1枚目は20分強と短めなのだけれど... )。最初は、その長丁場に、多少、たじろいでみたものの、聴き始めてしまうと止められない... ライヴ盤ならではの勢いからか、ただならないオペラに、さらにさらに、ただならないパフォーマンスが盛り付けられて、聴き終えてみれば、何か、打ちのめされたような感覚にすらなる。

BENJAMIN BRITTEN BILLY BUDD LONDON SYMPHONY ORCHESTRA . DANIEL HARDING

ブリテン : オペラ 『ビリー・バッド』

ヴィア艦長 : イアン・ボストリッジ(テノール)
ビリー・バッド : ネイサン・ガン(バリトン)
クラッガート : ギドン・サクス(バス)
レッドバーン : ニール・デイヴィス(バリトン)
フリント : ジョナサン・レマル(バリトン)
ラトクリフ大尉 : マシュー・ローズ(バス)
赤ひげ : アラスデア・エリオット(テノール)
ドナルド : ダニエル・ティート(バリトン)
ダンスカー : マシュー・ベスト(バス)
ナヴィス : アンドルー・ケネディ(テノール)
スクイーク : アンドルー・トータイズ(テノール)
一等航海士 : アダム・グリーン(バリトン)
甲板長 : マーク・ストーン(バリトン)
二等航海士/砲手 : ダレン・ジェフリー(バリトン)
メイントップ : アンドルー・ステイプルズ(テノール)
ナヴァスの友人/アーサー・ジョーンズ : ロデリック・ウィリアムズ(バリトン)

ダニエル・ハーディング/ロンドン交響楽団、同合唱団(男声)

Virgin CLASSICS/5 19039 2




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