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151年目のメモリアル。 [2007]

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メモリアルばかりを気にしているわけではないけれど...
2007年、どんな作曲家がメモリアルなのだろう?と、調べてみたくなってしまう。
グリーグ、没後100年。シベリウス、没後50年。となると、2007年は北欧イヤーか?いや、そればかりでなく、ブクステフーデ、没後300年。ドメニコ・スカルラッティ、没後250年。と、バロックの大家も気になるところ。それから、グリンカ、没後150年。エルガー、生誕150年。レオンカヴァッロ、生誕150年。シャンドール・ヴェレシュ、生誕100年。コルンゴルト、没後50年。と、個性的な面々が続き、なかなか興味深い。
のだが、シューマンの没後151年目の今年。どういうわけか、自身の中で、シューマン・ブームが到来。昨年、ガーディナー盤、オラトリオ『楽園とペリ』(ARCHIV/457 660-2)を見つけ、狂喜し。ル・サージュの弾く、ダヴィッド同盟舞曲集(Alpha/Alpha 098)、2部、5曲目の、ゾクっと来てしまうメローなテイストに、何やらときめき... 今、最も聴きたい作曲家は、間違いなくシューマン!本来は嫌いな作曲家だったはずが、少しズレての"メモリアル"効果か、いろいろ聴いている内に、この作曲家の魅力にはまりつつある?
ということで、デンマークの鬼才、トーマス・ダウスゴー率いる、注目のモダン楽器とピリオド楽器によるハイブリッド編成、気鋭のオーケストラ、スウェーデン室内管弦楽団による、シューマンの2番と4番(原典版)の交響曲(BIS/BIS SACD 1519)を聴く。

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モーツァルト、シューマン、マーラー、 [2007]

やっぱり、クラシックのメインストリームは、ドイツ―オーストリアか...
いや、そういう当たり前の考え方を捨て去ってみたい!という思いに駆られるのだけれど。クラシックにおけるドイツ―オーストリアというラインは、やっぱり最強なのかも。古楽から現代まで、まったく以って多様であるクラシック。それは、まるで銀河のよう... 聴けば聴くほど、そんな風に感じる。そして、そんな銀河そのものが好き!なのだけれど、最も密度の濃い銀河の中心は、やっぱりドイツ―オーストリアか。フランスも、イタリアも、ロシアだって欠かせないクラシックではあるけれど、ドイツ―オーストリアの音楽へ還ってくると、その密度に感心させられることがある。バッハ以来、連綿と紡がれて来た骨太の伝統は、クラシックのメインストリームとしての揺ぎ無さを感じずにはいられない。ふと、そんなことを思った、モーツァルト、シューマン、マーラーというライン。
ルネ・ヤーコプスの指揮、フライブルク・バロック管弦楽団による、モーツァルトの交響曲、「プラハ」と「ジュピター」(harmonia mundi FRANCE/HMC 901958)と、カペルマイスターに就任したリッカルド・シャイー新体制、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団による、マーラー版によるシューマンの2番と4番の交響曲(DECCA/475 8352)。昨年のメモリアルの成果を聴く。

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紅海は割れ、古典派とロマン派が結ばれる... 時代を活写するフンメル。 [2007]

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ヨハン・ネポムク・フンメル(1778-1837)。
現在のスロヴァキアの首都、ブラティスラヴァ(当時は、ハプスブルク家支配下のハンガリー領、ポジョニー)の音楽家の家に生まれ、父がウィーンへと移ったことで、モーツァルトに師事する機会を得て... モーツァルトの弟子ということで知られるフンメル。モーツァルトのみならず、サリエリ、ハイドンにも師事。ウィーン古典派の錚々たる作曲家たちの伝統を受け継ぐフンメルという存在は、ウィーン古典派の集大成のようにも感じる。一方で、ヴィルトゥオーゾ・ピアニストとして華やかに活躍し、後にゲーテが宰相を務めていた、ザクセン・ヴァイマル・アイゼナハ大公国の宮廷楽長に就任(1819)。輝かしい経歴を誇るわけだが、その音楽はいつのまにやら忘れ去られ... 19世紀、ロマン主義が音楽シーンを圧倒し、クラシックの核を担うビッグネームが席巻した時代、古典派色の強いフンメルの存在は、インパクトに欠けたのかもしれない。が、今は違う... 既存のクラシックがひっくり返されつつある中、忘れられてしまった存在こそ新鮮?で、じわりじわりと進むフンメル・ルネサンス。
ということで、興味深い作品を掘り起こすことに余念の無い、クラシック界切ってのマニアック?ヘルマン・マックスと、彼が率いる気鋭のコーラス、ライニッシェ・カントライ、その専属ピリオド・オーケストラ、ダス・クライネ・コンツェルトと、ジモーネ・ケルメス(ソプラノ)ら、ピリオドで活躍する手堅い歌手陣を揃えての、フンメルのオラトリオ『紅海の渡海』(cpo/777 220-2)を聴く。

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若きベートーヴェンの疾走。「悲愴」から「田園」まで... [2007]

フンメルを聴いてから、ベートーヴェンを聴くと、いつものとは違う感覚を覚える。
普段、ベートーヴェンは、揺るぎなく「ベートーヴェン」なのだけれど、ベートーヴェンの8つ年下で、18世紀から19世紀へとうつろう「過渡期」を体現するフンメルの音楽に触れてみると、ベートーヴェンの音楽にもまた過渡期的な感覚を見出す... そもそも音楽史におけるベートーヴェンの位置が、とても不安定に感じる。18世紀生まれの人なのか、19世紀に活躍した人なのか?古典派なのか、ロマン派なのか?いや、そういう教科書的な線引きこそが危うい?なんて、いろいろ考えさせてくれる、ピリオド・アプローチによるベートーヴェンを聴いてみる。
ハイドン、モーツァルトのシリーズを完遂させた、フォルテピアノの名手、ロナルド・ブラウティハムが次に挑むベートーヴェンのシリーズ、1802年製、ヴァルター・ウント・ゾーンのレプリカで弾く、「悲愴」の8番から11番までを取り上げるvol.1(BIS/BIS-SACD-1362)と、「月光」を含む12番から15番までを取り上げるvol.4(BIS/BIS-SACD-1473)を聴く。

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交差するメヌエット。 [2007]

たかがblogであり、されどblogであって...
blogを書き"続ける"というのは、なかなか大変だったりする。勢い始めた頃は、次から次へと更新できていたはずが、いつの間にやら、放置状態... なんてこと、意外と多いのでは?というより、当blogがそうでした。
『はた迷惑な微罪』として、2006年にスタート!するものの、夏を過ぎたあたりで早速の電池切れ。年が明けて、2007年、思い出したかのようにまた書き始めるが、今度は春を待たずに、沈黙... 長い沈黙... 2008年、春、気合を入れ直して、試運転... 夏を前にギア・チェンジ!3日に1回の更新という、結構、高いハードル(当blog比)を課して、途中、気分転換に現在の名前に変えたりしつつ、今に至る(地震で、再び、2ヶ月の沈黙もあったが... )。のだが、ふと、その沈黙... 長い沈黙の期間が気になった。

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ロシアへ、愛をこめて... 聴き直す。 [2007]

さて、2007年を改めて聴き直す... ということを始めて、つくづく思う。CDは寝かすといい...
初めてプレイヤーに掛けた時と、どういうわけか印象が異なる。そのギャップに、やたら新鮮な思いがして、新譜を聴くより刺激的?とすら感じてしまう今日この頃。4年前後という、たっぷりと取った時間が良かったのか?ワインと同じで、寝かせれば寝かせるほどに... なんて... もちろんCDに物理的な変化などあり得ず(しいていうならば、劣化のはずだけれど... )。この作用は一体、何なのだろう?
ということで、2007年のリリース。ブラームスのピアノ付き交響曲を聴いたポストリュードとして... プラメナ・マンゴーヴァのピアノを中心に、若手演奏家たちによる演奏で聴く、ショスタコーヴィチの2番のピアノ三重奏曲(FUGA LIBERA/FUG 525)と、ヴァルター・ヴェラー率いる、ベルギー国立管弦楽団による、グラズノフの5番の交響曲(FUGA LIBERA/FUG 521)。ロシア/ソヴィエトの音楽、2タイトルを聴き直す。

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編曲師。 [2007]

クラシックの世界において、「アレンジ」という行為は何とも微妙だったりする。もちろん、ありだし、それが当たり前だった時代(録音技術が存在しなかった頃、規模の大きい作品を、手軽に楽しむために... 実用的アレンジの時代?)もある。が、クラシック=古典音楽というしっかりとした枠組みができてしまってからは、下手にアレンジしてしまうと、ヒンシュクものだったり?今や、オリジナルを生み出すより、アレンジする方が難しい?
そうした中で、気になる存在... 合唱のために様々なアレンジを試みた、クリトゥス・ゴットヴァルト(b.1925)と、様々なオペラをピアノ用にアレンジした、イヴァ・ミカショフ(1941-93)。オリジナルを新たな次元へと解き放って、また違う、魅力的なサウンドを紡ぎ出す、その独特の感性は興味深く... そんなアレンジにスポットを当てた2007年のアルバム、マーカス・クリード率いる、SWRヴォーカルアンサンブル・シュトゥットガルトが歌う、クリストゥス・ゴットヴァルト編曲集(Carus/83.181)と、ジャン・イヴ・ティヴォーデが、ミカショフらのアレンジでオペラを弾く、"Aria ― Opera without Words"(DECCA/475 7668)を聴き直す。

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ふたりのシュミット。 [2007]

久々に新ウィーン楽派の音楽を聴いて、いろいろ考える...
新ウィーン楽派による12音技法の発明が、その後の音楽を一変させた!と、何となく把握している近代音楽史なのだけれど、そういう教科書的な捉え方というのは、実際とは違うニュアンスを含むのかもしれない。新ウィーン楽派の面々というのは、新しいことを始めた一方で、その新しいものに対して、優柔不断だったようにも感じるし。その新しいもので、音楽史を大きく前進させたことは間違いだろうが、革命的なグループというのは、往々にして少数派であったりする。新ウィーン楽派に限って言えば、時代(その当時... )に理解されないと、卑屈になるようなところもあったりで、どこか情けない風情でもあり。
となれば、新ウィーン楽派を取り巻いていた当時の音楽シーンというか、モード?空気感?みたいなものは、どうだったのだろう?と、気になる。そういう周辺を含んでこそ音楽史だと思うし... そこで、シェーンベルク(1874-1951)と同世代の、新ウィーン楽派でない作曲家を聴いてみる。ティエリー・フィッシャー率いる、BBCウェールズ・ナショナル管弦楽団による、フロラン・シュミットのバレエ『サロメの悲劇』(hyperion/CDA 67599)と、カルロ・グランテのピアノで、ファビオ・ルイジが率いた、MDR交響楽団による、フランツ・シュミットの左手のためのピアノ協奏曲集(Querstand/VKJK 0611)。2007年にリリースされた2つのアルバムを聴き直す。

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北欧の異才、ダウスゴーを聴き直す。 [2007]

とにかく、キンモ・ポホヨネンは、衝撃的だった... これもまた北欧なのか?と、自分の中の北欧のイメージが大きくグラついたのだけれど。いや、「北欧」というのは、安易なイメージでは括れない、振れ幅の大きい独特な世界。ABBAにIKEAに、ムーミンにムンク... さらに、独特なセンスが育まれる土壌でもあって。北欧のお馴染みのものを改めて見つめてみると、とても興味深く感じることがある。北極圏に掛かり、白夜があり、閉ざされた長い冬がある... そういう厳しい環境が育むセンスというのは、独特になって当然なのかもしれない。
ということで、デンマーク出身のマエストロ、トマス・ダウスゴーをトリビュート。やはり独特なセンスを持つマエストロ、2007年にリリースされた3つのアルバムを聴き直す。デンマーク国立交響楽団との、ベルリオーズの『レリオ』(CHANDOS/CHAN 10416)に、スウェーデン室内管弦楽団との、ベートーヴェンのツィクルスから、8番の交響曲を収録したvol.9(SIMAX/PSC 1282)と、"Opening Doors"のシリーズから、ドヴォルザークの「新世界」(BIS/BIS SACD 1566)を...

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フレンチ・ポップを探して、バロックから、ロココへ... [2007]

レジス・カンポを聴いて、そのとぼけた表情(2番の弦楽四重奏曲とか... )に触れて、フランスならではのセンス、いい意味でユルく、それでいてポップなサウンドに思いを巡らす。ドイツ=オーストリアの正統派クラシックにはない軽さ、フワフワした感じというのか。もちろん、そればかりではないのだけれど... カンポの独特なセンスは、実はフランスの伝統に則っている?何気にフランスの音楽を遡ってみると、カンポへと通じるセンスを探すことができるのやも。いや、カンポを聴いてこそ、フランス音楽のそういう性格を再認識するのか... おもしろい!
ということで、現代から一気にバロックへ、ロココへと遡り... ギィ・ローラン率いる、ピリオド・アンサンブル、レ・フェテ・ドルフェによる、ジャン・ジルのモテット集(K617/K617193)と、アンドレアス・ライズ率いる、ピリオド・アンサンブル、カントゥス・フィルムス・アンサンブルによる、ルソーのアンテルメード『村の占い師』(cpo/777 260-2)。2007年にリリースされた、2つのアルバムを聴き直す。

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