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ウィーンを去って、ダ・ポンテ、マルティン・イ・ソレール... [before 2005]

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輝かしき1780年代は、モーツァルトに限らず、モーツァルトのライヴァルたちにとっても輝かしかったのかもしれない。1783年、ヨーゼフ帝による音楽政策の転換により、ウィーンにイタリア・オペラが復活すると、多くの逸材たちが競争し、時には足の引っ張り合いが起きるほど、オペラ・シーンは活況を呈した。が、1790年、ヨーゼフ帝が世を去ったことで、状況は大きく変わる。フィレンツェからやって来た新しい皇帝、レオポルト2世は、兄、ヨーゼフ帝の時代を彩った作曲家たち、台本作家を排除。サリエリはイタリア・オペラの第一線から離れることになり、モーツァルトは何とか皇帝に取り入ろうと奔走するも報われず、スキャンダルの多かったダ・ポンテは、ウィーンそのものから追われてしまう。という、1790年代を前にウィーンを離れた作曲家がいる。『フィガロの結婚』打ち切りを巡って、モーツァルトに中て擦られたマルティン・イ・ソレール... 『フィガロの結婚』に取って代わった『ウナ・コザ・ララ』などが大成功し、ウィーンのオペラ・シーンの寵児のひとりであったものの、1788年、一足先に競争の激しいウィーンを離れ、ロシアの宮廷楽長に招聘され、サンクト・ペテルブルクへ移っていた。
という、モーツァルトのライヴァルに注目してみようかなと... クリストフ・ルセ率いる、レ・タラン・リリクの演奏、ホセ・ミケル・ラモン(バリトン)、マーガレット・クルル(ソプラノ)の歌で、マルティン・イ・ソレールのオペラ『礼儀正しい気紛れ娘』(naïve/E 8887)。ロンドンに拠点を移したダ・ポンテが、ロシアからマルティン・イ・ソレールを呼び、1795年に生まれた作品を聴く。

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エステルハーザ、輝かしき時代を彩った、ハイドンのオペラ。 [before 2005]

作曲家たち、台本作家、豊かな才能を抱える一方で、熾烈な競争を招いた1780年代のウィーンのオペラ・シーン。そういう熾烈さから距離を置いたのが、"交響曲の父"、ハイドン。オペラを作曲しなかったから、距離を置けた?いやいやいや、実際に距離があったハイドン... ウィーン古典派の巨匠の本拠地は、ハンガリーのエステルハーザ。でもって、このエステルハージ侯爵家の壮大な屋敷で、"交響曲の父"は、しっかり、オペラも作曲している。1768年、エステルハーザは劇場を完成させ、ハイドンの『薬剤師』で柿落としを迎えると、侯爵の興味は、次第に交響曲からオペラへと向かう。となれば、楽長、ハイドンの仕事はオペラ制作にシフト... 自らの作品を作曲するばかりでなく、各地で人気を博した最新のオペラを、エステルハーザでも上演可能な形(スターに当て書きされるのが当り前の当時のオペラ... スターを抱えるほどではないエステルハーザのレベルに合わせて、新たな挿入アリアを用意... )に仕立て直す作業に追われる。ある意味、これも熾烈だったよう... で、こういう実務的な仕事を重ねたことで、"交響曲の父"のオペラは、次第に独自の成長を遂げる。
そんな、ハイドンのオペラ... エステルハーザで1782年に上演された、『騎士オルランド』(deutsche harmonia mundi/82876733702)と、ハイドンのエステルハーザでの最後のオペラとなった、1784年に上演された、『アルミーダ』(TELDEC/8573-81108-2)の2作品を、ニコラウス・アーノンクールが率いたコンツェントウス・ムジクス・ウィーンの演奏で聴く。

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エステルハーザを去って、ハイドン... そして、巨匠の帰還。 [before 2005]

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いつの時代も、政権交代による新たな人事は荒れます。音楽史においてもそう... いや、音楽こそ政権交代に揺さぶられる。例えば、1790年、神聖ローマ皇帝、ヨーゼフ2世(在位 : 1765-90)が世を去ると、1780年代、ウィーンのオペラ・シーンを大いに盛り上げた功労者たち、ダ・ポンテ、サリエリ、モーツァルトらは、新しい皇帝に冷遇され、新たに迎えられた台本作家、作曲家たちに取って代わられる。奇しくも同じ年、ウィーンから程近い、ハンガリー、エステルハーザでも代替わり。新しいエステルハージ侯爵は、召抱えていた音楽家のほとんどを解雇。その楽長であるハイドンは、当然、する仕事が無くなり、長年、仕えた、エステルハーザを去ることに... が、ハイドンにとっては、実質上のフリーの立場を手に入れたこととなり、それまで不可能だった海外ツアーに出て、大成功!ウィーンに大邸宅を構え、ヨーロッパ随一の巨匠として存在感を示す。そうした中、エステルハージ侯爵家では、早くも代替わり。新しい侯爵は、先々代、祖父譲りの音楽好きで、楽長、ハイドンの音楽は、再び、エステルハーザから求められることになる。ということで、楽長としての仕事に復帰したハイドンを見つめる。
ジョン・エリオット・ガーディナー率いるイングリッシュ・バロック・ソロイスツの演奏、モンテヴェルディ合唱団、ジョアン・ラン(ソプラノ)、サラ・ミンガルド(メッゾ・ソプラノ)、トピ・レティプー(テノール)、ブリンドレイ・シェラット(バス)らの歌で、1796年、エステルハージ侯爵家のために作曲された、オフィダの聖ベルナルドの賛美のミサと、戦時のミサ(PHILIPS/470 819-2)を聴く。

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ピアニスト、モーツァルト、その成長の記録、ピアノ協奏曲。 [before 2005]

前々回、エステルハーザでのハイドンを、前回、ロンドンから帰って来てのハイドンを聴いて、"交響曲の父"の息の長い成長っぷりに、改めて凄いなと感心してしまう。エステルハージ侯爵家に仕えるのが1761年、それは、グルックがオペラ改革に乗り出す頃で、1770年代には疾風怒濤の波に乗り、1780年代にはエステルハーザにいながら国際的な名声を得て、パリでは偽ハイドンが出現するまでに... そして、すでに巨匠としての地歩を築きながら、1790年代、ロンドン・ツアーを成功させると、もう一皮剥けて、ヨーロッパ随一の大巨匠に!最後の大作にして、ロマン主義を予感させるオラトリオ『四季』は、19世紀、最初の年、1801年に初演されている。って、もう最後の最後まで、成長を止めないハイドン。その音楽の魅力は、じっくりと時間を掛けたればこそ、なのかもしれない。一方で、そういう時間の無かったモーツァルトはどうだろう?神童の音楽は、最初から完成されていたように錯覚しがちだけれど、もちろん、そんなことはない。モーツァルトは、35年という短い人生で、驚くべき成長のスピードを見せる。そんなモーツァルトの成長を、そのピアノ協奏曲から追ってみようと思う。
ということで、モーツァルトの輝かしき1780年代に再び戻り、ピアニストとして大活躍した頃、1784年から1786年に掛けて書かれた6つのピアノ協奏曲を、ピリオドで... アンドレアス・シュタイアーのピアノ、コンチェルト・ケルンの演奏で、18番、19番(TELDEC/8573-80676-2)、パトリック・コーエンのピアノ、クリストフ・コワン率いるアンサンブル・バロック・ドゥ・リモージュの演奏で、20番、21番(ASTRÉE/E 8589)、マルコム・ビルソンのピアノ、ジョン・エリオット・ガーディナー率いるイングリッシュ・バロック・ソロイスツの演奏で、22番、23番(ARCHIV/423 595-2)の3タイトルを聴く。

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「新しいモーツァルト」、サン・サーンスの歩みを辿るピアノ協奏曲。 [before 2005]

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前回、モーツァルトのピアノ協奏曲を、久々にじっくり聴いてみて、ふと思ったのだけれど、ハイドンが"交響曲の父"ならば、モーツァルトは"ピアノ協奏曲の父"ではないかなと... 改めてピアノ協奏曲の歴史を振り返った時、普段、当たり前のように聴いているモーツァルトのピアノ協奏曲が、実は黎明期の作品であって、クラシックの花形であるピアノ協奏曲の道筋を付けた重要な位置にあることに気付く(って、遅過ぎ?)。18世紀後半、チェンバロからピアノへの転換期、漠然と「鍵盤楽器のための協奏曲」だったところを、明確にピアノのための協奏曲を打ち出し、その表現を急発展させたモーツァルト。また、その表現には、その後を予見するところもあって驚かされる。いや、まさに"ピアノ協奏曲の父"だったなと... ということで、父の遺産を受け継いだ19世紀のピアノ協奏曲、「新しいモーツァルト」と呼ばれた作曲家、サン・サーンスのピアノ協奏曲を聴いてみようと思う。
ということで、hyperionの"The Romantic Piano Concerto"のシリーズから、スティーヴン・ハフのピアノ、サカリ・オラモの指揮、バーミンガム市交響楽団の演奏で、サン・サーンスのピアノ協奏曲、全5曲に、ウェディング・ケーキ、幻想曲「アフリカ」、オーヴェルニュ狂詩曲など、ピアノのための協奏的作品までを網羅した2枚組(hyperion/CDA 67331)を聴く。

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カルメンでもアルルでもないビゼー、交響曲から見つめる。 [2010]

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バロック期、太陽王の豪奢な宮廷を飾るため、ヴェルサイユで大輪の花を咲かせたフランスの音楽だったが、その成果はパリにも持ち込まれ、パリっ子たちを沸かせることに... で、このパリっ子たちの音楽的欲求の高まりが、パリの音楽シーンを、ヨーロッパ随一の繁栄へと至らしめ、フランスの音楽の中心は、ヴェルサイユからパリへと移る。が、18世紀、音楽の都となったパリを目指して、ヨーロッパ中から歴戦の巨匠たちが集まるようになると、フランスの作曲家たちは、押され気味に... その傾向は、革命の混乱を乗り越えた19世紀に入ってより強まり、ヨーロッパの第一級の音楽家たちはみなパリを拠点とし、パリの音楽シーンの地位の高まりとは裏腹に、フランスの音楽は勢いを失ってしまう。が、そうした流れもやがて変わり始める... 19世紀半ば、フランスの音楽は、次々に新しい才能が誕生し、息を吹き返し始める。それを象徴する存在が、2人の天才!前回、聴いた、13歳にしてコンセルヴァトワールに入学したサン・サーンス(1835-1921)。サン・サーンスとともに、1848年、コンセルヴァトワールに入学したビゼー(1838-75)。でもって、ビゼーは、さらに若く、9歳での入学!
ということで、サン・サーンスに続いての、ビゼー... でもって、カルメンでもアルルでもないビゼー... パーヴォ・ヤルヴィが昨年まで率いたパリ管弦楽団の演奏で、ビゼーの交響曲、管弦楽版の『こどもの遊び』、交響曲「ローマ」(Virgin CLASSICS/6286130)を聴く。いや、桜も終わり、春、本番を迎える中、より花やかな音楽を聴いてみたくなっての、フランスの音楽!

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ケクラン、抒情を極めて生まれるアンビエント... [before 2005]

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さて、2017年は、ケクランの生誕150年のメモリアル!なのだけれど、今一、インパクトに欠ける?という前に、ケクランって、誰?なんてことにもなりそうなのだけれど... フォーレの『ペレアスとメリザンド』や、ドビュッシーの『カンマ』のオーケストレーションで知られるケクランは、ドビュッシーの5つ年下で、ラヴェルの8つ年上という、もうひとりのフランス印象主義の作曲家。で、普段、漠然と捉えている「印象主義」という言葉だけれど、改めて、その由来であるモネらによる革新的だった印象主義の絵画へと立ち返って、その音楽を見つめれば、ドビュッシーよりも、ラヴェルよりも、印象主義をクリアに響かせることができたのが、ケクランだったように思う。そういう点で、とても興味深い存在ではあるものの、印象主義の二枚看板に挟まれて、スポットが当たり難い... なればこそのメモリアル!ケクランにスポットが当たることを願って、ケクランを聴いてみる。
ということで、エキゾティックな小説で名を馳せたフランスの小説家、ピエール・ロティのイランへの旅を綴った『イスファハンへ』(1904)にインスパイアされ作曲した、ケクランの『ペルシアの時』(CHANDOS/CHAN 9974)を、キャサリン・ストットのピアノで聴く。

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悩ましき、象徴主義、聖セバスティアンの行方... [before 2005]

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フランス印象主義を代表する作曲家、ドビュッシーなのだけれど、今、改めて、この人の音楽を見つめると、実に悩ましい。ドビュッシーは、学生時代、ロシアでアルバイトをし、西欧とは異なる感性を放ったムソルグスキーから影響を受けている。そういう、ある種の異国趣味は、後にガムランなどに関心を向かわせ、代表作、『海』のスコアの表紙には、北斎を用いたりと、はっきりとアジア趣味が窺える。またそうした脱ヨーロッパ的な切口から、モダニズムへと踏み込み、新たな音楽を生み出したドビュッシー... が、一方で、極めてヨーロッパ的な性格も見せる。そもそもワグネリアンであったし、ルネサンスやバロックの音楽からもインスピレーションを得ていたし、さらには古代ギリシアを題材に用いたり... で、それらを濃縮して、象徴主義に染まり、ミステリアスでもあるのがドビュッシー。まったく以って一筋縄では行かない存在。で、この複雑さが、ドビュッシーの眩惑を生む。
ということで、ジャック・メルシエが率いたイル・ド・フランス国立管弦楽団の演奏、ブライトン・フェスティヴァル合唱団で、ドビュッシーの作品中、特に悩ましく、眩惑される奇作、劇音楽『聖セバスティアンの殉教』(RCA RED SEAL/74321 947882)を聴く。

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タイスの瞑想曲ばかりじゃない、マスネならではの確かな美... [before 2005]

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タイスの瞑想曲。知らない人はいない、クラシックの枠を越えて有名な曲だけれど、この曲がどういう曲であるかは、普段、あまり意識しない。で、どういう曲だったっけ?と、今さらながらに再確認... タイスの瞑想曲は、マスネのオペラ『タイス』の2幕の間奏曲として作曲されたもの。そうそう。そうでした。ソロ・ヴァイオリンが活躍するだけに、ヴァイオリニストのアンコール・ピースみたいなイメージがあるけれど、元々はオペラなのだよね... ということは、いつも聴いているやつは、ヴァイオリン用にアレンジされたものなのかな?なんて、漠然と思っていたら、いやいや、オリジナル自体が、そういう形なのでした。でもって、オペラでは、そこにコーラスが付く!しかし、こんなにも有名なのに、オペラ『タイス』に関してはスルーされ過ぎなのかも... そもそも、マスネの存在感が薄い... フランス・オペラの大家であるはずなのに、なぜだろう?改めて考えると、不思議...
ということで、マスネに、タイスに、改めて注目!トーマス・ハンプソン(バリトン)、ジュゼッペ・サッバティーニ(テノール)、そして、タイトルロールにルネ・フレミング(ソプラノ)という豪華なキャスティングで、イヴ・アベルの指揮、ボルドー国立歌劇場による、マスネのオペラ『タイス』(DECCA/466 766-2)。タイスの瞑想曲ばかりじゃない、マスネならではの確かな美に触れる。

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2台のピアノで辿る、フランス音楽の厚み、幅... [before 2005]

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さて、大統領選を巡って、にわかに注目を集めるフランス(って、ここ東アジアでは、北の将軍様には敵わないのだけれど... )。極右の席巻、移民の増大、格差の拡大、共和政の弱体化、失われる伝統... そんな言葉を目の当たりにすると、一体、フランスはどうなってしまうんだ!?なんて、日本人の方が心配してしまいそう。いや、日本人は、「フランス」に対して、下手な幻想を抱きがちなのかもしれない。例えば、フランス革命にしても、そう輝かしいものではないし、現在に至るまで、何度、革命をやった?てか、マリー・アントワネットをギロチンに追いやってからというもの、結構、踏んだり蹴ったりなのが、フランスの真実の姿。ならば、今のフランスなんて、何も驚くことはありません。それでも抱いてしまう「フランス」という幻想を思うと、この国のブランド力の底力を思い知らされる。それだけの厚みや幅のあるフランス... そのあたりを音楽から辿ってみたらどうなるか?
ということで、フランス音楽... いや、音楽にこそ反映されるもの、炙り出されるものもあるなと、興味深く感じる多彩なフランス音楽... ジョス・ファン・インマゼールと、クレール・シュヴァリエのピリオドのピアノによる、サン・サーンス、フランク、インファンテ、プーランクの2台のピアのための作品集、"PIÈCES POUR PIANO"(Zig-Zag Territoires/ZZT 030903)を聴く。

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