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クープランが見つめる、偉大な先人たち... [before 2005]

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1687年、リュリ(1632-87)がこの世を去る。王の威光を背景に、フランスの音楽シーンを独善的に主導して来た巨匠の死は、フランスの音楽に新たな展開をもたらす。それまでの内向きに極められたリュリによるフランス・バロックに対し、ポスト・リュリ世代の作曲家たちはイタリアの最新の音楽に強い関心を示す。それが、イタリアのヴァイオリンのヴィルトゥオーゾ、コレッリ(1653-1713)により形作られた、トリオ・ソナタ。2つの楽器と通奏低音による3声のソナタは、それぞれの楽器の役割分担が明確になり、それまでになく安定したアンサンブルを構築、無駄の無い響きから、より豊かな音楽を紡ぎ出すことに成功していた。そのイタリア的な明快さに、フランスの作曲家たちも魅了され、1690年代には、こぞってトリオ・ソナタに取り組む... とはいえ、イタリア一辺倒になるわけではなく、如何にしてトリオ・ソナタの形をフランス音楽に落とし込むかが、ポスト・リュリ世代の課題であって、その最前線で活躍したクープランは、リュリとコレッリを音楽の中で出会わせるという、奇妙な妄想作品を生み出した。それが、1724年に出版された『コレッリ賛』と、1725年に出版された『リュリ賛』。
ということで、ウィリアム・クリスティとクリストフ・ルセ、豪華、師弟コンビの演奏で、2台のクラヴサンによる、クープランの『比類なきリュリ氏の追悼を讃えるコンセール』と、『パルナス山、あるいはコレッリ賛』(harmonia mundi FRANCE/HMC 901269)を聴く。

フランス独自のオペラ、トラジェディ・リリクの確立で、フランス・バロックを一気に絶頂期へと導いたリュリ(1632-87)、バロックの革新の下、器楽作品の定型を完成させたコレッリ(1653-1713)... このフランス、イタリア、それぞれのバロックを代表する巨匠に、音楽でオマージュを捧げたのが、クープランの『リュリ賛』と『コレッリ賛』。となると、何か名旋律で綴るハイライト集みたいなものをちょっと期待してしまうのだけれど、クープランの視線は、完全にその斜め上行く... この世で大きな成果を成した両巨匠が、あの世でどうなったかを妄想するクープラン... 例えば、『リュリ賛』ならば、エリュシオン(ギリシア神話に出て来る神々に愛された者たちが、その死後に集う楽園... フランス語のだとシャンゼリゼ!いや、パリの街並みには、ギリシア神話由来の地名が多いのかも... )で音楽を奏でるリュリの姿を描くところら始め、やがてアポロン、太陽神(太陽王のアレゴリー?)がやって来て、ヴァイオリンを授けると、パルナッソス山(ムーサ、ミューズたちが住む、詩、音楽の故郷... で、これまたフランス語だと、モン・パルナス!)に迎えられることが告げられる。そんなリュリの特別扱いに嫉妬する、リュリと同時代を生きた作曲家たち... って、結構、リアルにヴェルサイユの景色を写し取っているクープラン。さて、パルナッソス山にやって来たリュリは、先にやって来ていたコレッリ(先に死んだのはリュリのはず... )に迎えられ、もてなされる!そうして繰り広げられる、リュリとコレッリの夢の共演... いやー、好きなものを妄想の中で共演させちゃうクープランが、何だかかわいい... 一方の『コレッリ賛』は、『リュリ賛』の前年に出版されていたこともあり、『リュリ賛』の前日談のような展開を見せる。自らパルナッソス山に赴いたコレッリは、やがて迎え入れられ、ヒッポクレネの泉(ペガサスが蹴って湧き出したという泉... 芸術家たちに霊感を与える水が湧き出しているらしい... )の水を飲んで、熱狂的に演奏、パルナッソス山を沸かせる!そうか、そういうことでコレッリが先乗りしていたんだ...
という、『リュリ賛』(track.1-14)、『コレッリ賛』(track.15-21)を、本来の器楽アンサンブルでの演奏ではなく、2台のクラヴサンによる演奏で聴く。いや、2台ものクラヴサンが鳴り出して生まれる独特な豪奢さが、巨匠たちの時代の輝きを彷彿とさせ、器楽アンサンブルよりも雰囲気満点なのかも... 『リュリ賛』の始まりの、しゃなりしゃなりと響かせる重々しさは、まさに太陽王の宮廷をイメージさせるようで... とはいえ、豪奢さばかりでなく、リュリのパルナッソス山入りを巡って繰り広げられる様々なリアクションを、実に表情豊かに捉えていて、軽快に登場するアポロン(track.4)に、リュリがそのアポロンに引き立てられてザワつくあたり(track.5)、そして、リュリだけが引き立てられることにガッカリの他の作曲家たちのうなだれ具合(track.6)と、実は、熱烈歓迎というほどでもない、リュリを迎えるコレッリのちょっと疑いの目を持った歓迎(track.8)。いや、実に巧みに表情を紡ぎ出すクープラン。音楽だけで、軽やかにストーリーを描き出していて、するとバレ・ド・クール(かつて、太陽王が熱狂し、リュリもともに踊った宮廷バレエ... )を思い起こさせるところがあって、そうしたあたりに、リュリっぽさも見出す。で、そうしたある種、"劇"的な音楽の後で、リュリとコレッリの妄想コラヴォレーションが繰り広げられ、やがて、フランスとイタリアの融合がトリオ・ソナタ(track.13, 14)の形を採って響き出す。その音楽の、しっかりとした構築感は、それまでの"劇"的な音楽とは対照的で、クープラン本来の技量が堂々と展開され、魅了される。
そうして、『コレッリ賛』(track.15-21)が始まるのだけれど、こちらも"劇"的な筋立ては用意されているものの、さすがにトリオ・ソナタの巨匠へのオマージュだけに、確かな対位法が織り込まれ、『リュリ賛』の表情豊かな音楽とは違う、密度の詰まった音楽が繰り広げられる。特に、最後、「コレッリの感謝」(track.20)の、見事なフーガ!これは、2台のクラヴサンだからこそ引き立つところもあって、聴き入るばかり。いや、単にお洒落なばかりじゃない、クープランの骨太な音楽が感じられ、圧巻。でもって、その後に、クラヴサン曲集から、2台のクラヴサンのための作品が4つ取り上げられて、精進落としみたいな感じで、クープランのイメージに違わない音楽が並べられて、アルバムの最後で、絶妙な色を添える。リュリ、コレッリと来て、クープランそのものを聴く感じ?いや、『コレッリ賛』の後で響く、第2巻、第9組曲、2台のクラヴサンによるアルマンド(track.22)の、何とも雅やかな佇まいたるや!クラヴサンという楽器の特性をふんだんに活かした装飾的なサウンドに、うっとり。そして、最後、第3巻、第15組曲から、ショワズィのミュゼットとタヴェルニーのミュゼット(track.25)の、キラキラが止まらない感じ!タヴェルニーに入って、ギアが入る感じ!ミニマル・ミュージックっぽくて、フランス的な色彩の鮮やかさが目一杯に広がって、何だかエレクトリカル・パレードみたい。いや、バロックの律儀に対してのロココの天真爛漫の魅力!リュリ、コレッリに負けず、クープランも、断然、「賛」だよ... パルッナソス山入り、決定!
そんな音楽をすっかり楽しませてくれた、クリスティとルセ... さすが、師弟コンビ、息の合った演奏を繰り広げていて、響きのバランスが見事。なればこそ、ちょっとした表情が活きて、特に『リュリ賛』(track.1-12)では、活き活きとストーリーを展開し、本当にバレ・ド・クールを見ているような、そんな感覚にさせられる。本来だと、ナレーションが入って、場面を説明(『コレッリ賛』もまたそう... )するのだけれど、クリスティとルセの演奏には、かえって邪魔になったかもしれない。とにかく、次々に音楽が繰り出されて、飽きさせない。と同時に、本来は逆である、『リュリ賛』(track.1-14)からの『コレッリ賛』(track.15-21)という流れが絶妙で、クープランの音楽的歩みがそこに籠められてもいるようで、なかなか興味深くことができる。そして、その後で、クープランらしさも十分に聴かせて、盛りだくさん!リュリから、コレッリから、クープランへ... バロックの大きな流れも浮かび上がり、思いの外、情報量の多い一枚と言えるのかもしれない。

COUPERIN / L'APOTHÉOSE DE LULLI / CHRISTIE, ROUSSET

クープラン : 『比類なきリュリ氏の追悼を讃えるコンセール』
クープラン : 『パルナス山、あるいはコレッリ賛』
クープラン : 2台のクラヴサンによるアルマンド 〔クラヴサン曲集 第2巻 第9組曲 から〕
クープラン : ラ・ジュリエ 〔クラヴサン曲集 第3巻 第14組曲 から〕
クープラン : 陽気な街 〔クラヴサン曲集 第3巻 第16組曲 から〕
クープラン : ショワズィのミュゼット/タヴェルニーのミュゼット 〔クラヴサン曲集 第3巻、第15組曲 から〕

ウィリアム・クリスティ(クラヴサン)
クリストフ・ルセ(クラヴサン)

harmonia mundi FRANCE/HMC 901269




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