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モーツァルト版、メサイア。 [before 2005]

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予定を少し遅らせて欲しいと連絡が入り、突然、手持無沙汰な時間に見舞われ、最初はイラっとするも、ベンチに腰掛けて、一息吐けば、小休止をもらったような、そんな心地に... で、立ち止まってみると、聴こえて来るものもあって、どこかの店先から流れて来るのだろう、クリスマス・ソング、"We wish you a Merry Christmas and a Happy New Year"、まったくだなと、つくづく思う。楽しいクリスマスと、幸せな新年を願わずにいられないような、酉年、最後の月。申酉騒ぐとは言ったけれど、こうも見事に年末までみっちり騒ぐとは... で、また騒がずにいられないというのか、煽らずにいられないというのか、理性の欠如した正義が跋扈する様相は、何ともグロテスクで、百鬼夜行のような図が、毎日、テレビから垂れ流されるという異様。それは、もはや騒ぐというより、何かに憑かれているよう... で、これは何の崇りなのか?日本に限らず、今、世界中で起きている異様な事態をつぶさに見つめると、その根底には、共通する鬱屈とした感情を見出すことができるのかも... そして、その鬱屈とした感情が崇神となって猛威を奮い、事態をどんどん悪化させて行く。袋小路の21世紀、どうすれば、この崇りを鎮めることができるのだろうか?なんて考えていると、ますます鬱々としてくるので、音楽を聴く!
年末の第九に続いての、クリスマスのメサイア!マルゴワール率いるラ・グラン・エキュリ・エ・ラ・シャンブル・デュ・ロワの演奏、ナミュール室内合唱団、リン・ドーソン(ソプラノ)、ベルナルダ・フィンク(コントラルト)ら、ピリオドで活躍する歌手たちの歌による、モーツァルト版、『メサイア』(ASTRÉE/E 8509)を聴く。てか、モーツァルト版?!なぜにモーツァルト版は誕生した?

ゴットフリート・ヴァン・スヴィーテン(1733-1803)。
まず、モーツァルト版、『メサイア』という、風変わりなヴァージョンを生み出す切っ掛けを作った人物に注目したい。いわゆるヴァン・スヴィーテン男爵、モーツァルトが活躍した時代のウィーンの音楽シーンのプロデューサー役を担った人物で、ハイドンのオラトリオの台本を書いたり、モーツァルトにバッハなどバロックの音楽を紹介したりと、ウィーン古典派には欠かせない人物。そんなヴァン・スヴィーテン男爵は、オランダの名医の子として、ライデンで生まれている。1745年、その父が、マリア・テレジアの侍医に就任したことで、ゴットフリート少年もウィーンへと移り、ハプスブルク帝国の一員として教育を受け、やがて、外交官に... 1755年、ブリュッセルへの赴任を皮切りに、パリ(1760-63)、ワルシャワ(1763-64)など、ヨーロッパ各地でキャリアを積み、1770年には、駐ベルリン大使に着任。第1回ポーランド分割(1772)では、プロイセンを相手に重責を担い、1777年に退任、帰国すると、帝国図書館の館長を務めた。というのが、ヴァン・スヴィーテン男爵の帝国官僚としての表向きの顔。一方で、若い頃から音楽に関心を持ち、アマチュア音楽家として活動。パリ赴任中には、オペラ・コミックを作曲。フィリドールと共作したパスティッチョは、宮廷で上演された後、劇場でも上演されたとのこと... またウィーンに帰ってからは、その交響曲がモーツァルトの作品と一緒にコンサートで取り上げられている。が、ヴァン・スヴィーテン男爵の音楽的功績は、何と言ってもヨーロッパ各地を巡って得た音楽的知識を、ウィーンの音楽家たちに紹介したこと。特に、ベルリンで収集して来た、対位法の大家、バッハの音楽は、ウィーン古典派の面々を大いに刺激し、ウィーンの音楽のレベルを一段引き上げることにつながったように感じる。そんなヴァン・スヴィーテン男爵が、バロック期の作品を復興するため、1786年、ウィーンの有力貴族を集って創設したのが同好騎士協会。毎年冬に、帝国図書館やエステルハージ伯爵邸、あるいはブルク劇場において、オラトリオを取り上げるコンサートを開いた。
その、同好騎士協会、1789年のコンサートで取り上げられたのが、ヘンデルの『メサイア』。取り上げるにあたり、前年から同好騎士協会の指揮者を務めていたモーツァルトがアレンジしたのが、ここで聴く、モーツァルト版、『メサイア』。まず、何が変わったかというと、歌われる言語!英語からドイツ語に... いや、英語で聴き慣れていると、微妙に違和感がある。例えば、イエス様が生まれる「ひとりのみどりごがわれわれのために生まれた」(disc.1, track.8)のコーラス、ワンダフォー!が、ブンダバー!だったりすると、ちょっと調子が狂うよなァ。裏を返せば、ヘンデルが如何に英語の響きを音楽に活かしていたかを思い知らされる。が、そういうハンデを乗り越えて、『メサイア』に挑むモーツァルト!1742年、ダブリンでの初演から47年を経てのモーツァルトによるアレンジは、ヘンデルの時代からのオーケストラの進化を反映し、フルート、クラリネット、トロンボーンを加え、バロックの音楽を当世風に装飾。聴き知った『メサイア』が、絶妙にモーツァルトの時代のたおやかさに包まれるから不思議... それによって、バロックの鋭さは丸くなってしまうものの、古典主義の時代ならではの麗しさ旋律に乗り、全体がより色彩的に響くあたりは、モーツァルトならでは... オリジナルには無い魅力となっている。このあたり、バロックの大家、ヘンデルと、古典主義の天才、モーツァルトの、時間を越えた対決にも思え、凄く刺激的。そう簡単に他人の色には染まらない、しっかりとした個性を持つヘンデルの音楽に対し、その個性を、見事に自らの世界へと引き込むモーツァルトの巧みさ... いや、よくよく見つめると、ドイツ出身でイタリアでも成功したヘンデルの音楽の国際性が、モーツァルトの麗しいアレンジを引き出してもいるようで、オリジナルの懐の大きさも感じる。
という、モーツァルト版、『メサイア』を聴かせてくれるのが、マルゴワール+ラ・グラン・エキュリ・エ・ラ・シャンブル・デュ・ロワ。ピリオドならではの、楚々としていて、すきっとしたサウンドは、ヘンデルの時代の匂いを十分に残しながら、モーツァルトの色彩を卒なく広げて、絶妙なバランスを取るのか... バロックであり、古典主義であり、ヘンデルのオリジナルと、モーツァルトのアレンジを二重写しにするような感覚があって、18世紀の幅をさり気なく強調して来る。一方で、歌手陣の歌声には、よりモーツァルトを意識させる流麗さがありつつ、英語の歯切れの良さとは一味違うドイツ語の重々しさも効いて、時折、19世紀を予感させるスケールも感じられるよう... そこに、ナミュール室内合唱団の、ちょっとロマンティックな風合もあって、新しい時代が目前となったモーツァルトの晩年の、少しマッドな色彩を引き出して、印象的。いや、マルゴワールらしい放任的なアプローチが、バロックから古典主義へのうつろいを乱反射させ、かえって18世紀の音楽の幅を浮かび上がらせて、おもしろい。なればこそ、またアレンジのおもしろさを際立たせるのかもしれない。

HANDEL Messiah arr. mozart jean-claude malgoire

ヘンデル/モーツァルト : オラトリオ 『メサイア』 K.572

リン・ドーソン(ソプラノ)
ベルナルダ・フィンク(ソプラノ)
ハンス=ペーター・グラーフ(テノール)
クリス・デ・モール(バス)
スティーヴン・ヴァーコー(バス)
ナムール室内合唱団
ジャン・クロード・マルゴワール/ラ・グランド・エキュリ・エ・ラ・シャンブル・デュ・ロワ

ASTRÉE/E 8509




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