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ソヴィエトの終末を歌うのか... シュニトケ、回心の詩篇... [before 2005]

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世の中、どんどん悪くなっている... そんな風に悲観しがちな今日この頃だけれど、少し視野を広げ、近現代史を俯瞰してみると、そう遠くない昔もまたそんな感じだったこと知る。前回、聴いた、ショスタコーヴィチの14番の交響曲が作曲された頃、今から半世紀前、1960年代... 東西分断の象徴、ベルリンの壁が建設(1961)され、冷戦は沸点に達しようというキューバ危機(1962)を凌ぐも、ケネディ大統領が暗殺(1963)され、キング牧師が暗殺(1968)され、ベトナム戦争が泥沼化し、プラハの春(1968)に代表される東欧の民主化運動はことごとくソヴィエトに踏み潰され、中国は文化大革命(1966-76)の阿鼻叫喚、イスラエルは第三次中東戦争(1967)を引き起こし、世界は混乱の只中にあった。その混乱は、今によく似て、間違いなく今以上。その荒涼たる風景が、ショスタコーヴィチの14番の交響曲の冷え切った表情に表れているのかもしれない... で、その後どうなった?東側世界が停滞する中、1975年、ショスタコーヴィチは世を去り、1980年代に入って、いよいよ以って社会主義が機能不全に陥り始めると、新たな混乱を呼ぶことになる希望の薄明かりが世界に広がり始める。
そうした時代を象徴する音楽だろうか?まるで、東側世界の終末を歌うような作品... トヌ・カリユステの指揮、スウェーデン放送合唱団による、ポスト・ショスタコーヴィチ世代のソヴィエトの作曲家、シュニトケの回心の詩篇(ECM NEW SERIES/453 513-2)を聴く。

アルフレート・シュニトケ(1934-98)。
第1次大戦後、ドイツからソヴィエトにやって来たユダヤ人の父と、帝政時代にロシアに移民したヴォルガ・ドイツ人である母の間に生まれたシュニトケ。ソヴィエトの一員、ロシア生まれであり、ユダヤ人であり、ドイツに根深くルーツを持つ、その複雑なナショナリティは、後に確立される多様式主義を予感させる。そんなシュニトケが初めて音楽教育を受けたのは、1946年、父の赴任先だったウィーン... 様々な音楽に彩られ、歴史が層を成す音楽の都で、その音楽への道の第一歩が踏み出されたのも、象徴的なものを感じる。やがて一家はモスクワへと戻り(1948)、シュニトケはモスクワ音楽院へと進む。そんな学生時代、スターリン批判(1956)に始まる文化政策の緩和により、ブルジョワ的退廃(東側からすると... )だった西側の最新の音楽に触れる機会を得たシュニトケは、戦後「前衛」の音楽に心酔。が、音列に縛られた西側の音楽に息苦しさを覚え、間もなく、その対極にある自由な多様式主義へと至る。が、ショスタコーヴィチのように体制と巧みに渡り合うことはなく、カトリックへの改宗、ロシア正教への関心など、反ソヴィエト的態度を貫き、体制が支配するソヴィエトの音楽シーンからは無視されてしまう。しかし、この無視こそ、シュニトケの音楽の際立った独自性を育み、やがてその存在は西側の音楽シーンで知られるように... そうして迎えるソヴィエト末期、1988年に作曲されたのが、ここで聴く、回心の詩篇。
多様式主義の、スラップスティックで、精神分裂症的な独特なカラフルさは消え、淡々とア・カペラで歌われて行く詩篇。それは、旧約聖書の詩篇ではなく、16世紀後期に綴られたロシア語による告解詩篇。となると、ロシア正教の雰囲気がより色濃いものとなっている。始まりの第1詩篇、「アダムは楽園の前に座って泣いていた」の、ドローンを思わせるハミングの上に、男声が重苦しく歌い出す姿は、まさに東方的な祈りそのもの... 中世の古い僧院の奥深くから響くような秘儀的な雰囲気に包まれる。続く、第2詩篇、「荒野よ、私を抱け」(track.2)は、テノールのソロにより歌い出され、そのメロディーはグレゴリオ聖歌のようで、ゴシックの聖歌を思わせて、雰囲気が少し変わる。しばらくすると、そこに女声が加わり、ハーモニーがふわっと色付き、ロシア語による歌、特有のやわらかさが感じられ、音楽的な性格を強め、祈りの厳しさは緩む。いや、この感覚、とても不思議... シンプルな音楽のようでいて、微細に複雑で、半音階、不協和音を用い、時にはトーン・クラスターで不穏さを導きながら、思い掛けなく天から光が差すように、整ったメロディー、美しい和音で聴く者の耳を眩惑する。教会音楽に立ち返りながら、若きシュニトケが心酔した戦後「前衛」を溶かし込み、多様式主義では至れない深淵を響かせる。
1980年代後半に始まる、ソヴィエトを再活性化させるための改革、ペレストロイカにより、民主化への光が見え始めた東側世界... 回心の詩篇は、そうした時代、1988年に作曲された。その翌年、1989年には、ベルリンの壁は壊され、冷戦が終結。さらにその翌年、1990年、シュニトケはソヴィエトを離れ、ドイツへ移る。そして、1991年、ソヴィエトが崩壊。この大変革期に、シュニトケが祈りの音楽を書いたことは、とても興味深い。もちろん、回心の詩篇というタイトルが示す通り、ソヴィエトが弾圧した信仰の復活を歌う意味も大きいとは思うのだけれど、新しい時代が訪れようという中で、不穏が入り混じる祈りを綴るとは、象徴的なものを感じてしまう。それだけソヴィエトの闇は深かったということか?あるいは、海の物とも山の物ともつかぬ新しい時代への正直な不安の表れだったろうか?そうしたあたりが、ショスタコーヴィチの14番の交響曲の冷え切った表情につながるようでもあり、回心の詩篇に、社会主義の終末の情景を見るようで、何とも言えない心地にさせられる。
という、回心の詩篇を、エストニア合唱界を代表するカリユステの指揮、スウェーデンが世界に誇るスーパー・コーラス、スウェーデン放送合唱団で聴くのだけれど... いやー、さすが... 聴けば聴くほど、その精緻さに息を呑む。多様式主義ではないシュニトケの、繊細かつ苦悩に充ちた音楽を、澄み切った視点ですくい上げ、その深淵を余すことなく響かせて、何とも言えない境地を創り出すカリユステ、スウェーデン放送合唱団。彼らが歌う不穏さには、不思議な温かみも生まれ、聴いていると、心地良いカオスに引き摺り込まれるようで、おもしろい。イカニモな東方性を強調せず、淡々と歌い上げてこそ、声そのものが持つマジカルなパワーを解き放つ妙。そうして生まれる、コーラスという概念を越えた壮大なスケール... それは、最後、第12詩篇、ヴォカリーズ(track.12)の、たゆたうようなハーモニーに包まれて最高潮に達し、音楽を聴くというより、どこか知らない世界を漂うような、そんな意識へと導いてくれる。それは、座禅を組むような感覚だろうか?瞑想し、今一度、心を落ち着け、世の中を静かに見つめる。まさに今、求められる音楽なのかも...

ALFRED SCHNITTKE
PSALMS OF REPENTANCE


シュニトケ : 回心の詩篇

トヌ・カリユステ/スウェーデン放送合唱団

ECM NEW SERIES/453 513-2




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