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1812年、ロッシーニ、19歳、最初の成功!『幸せな間違い』。 [before 2005]

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ナポレオンが去って、ロッシーニがやって来た。と、言ったのは、スタンダール...
フランスの国土をそれまでにあり得ないほど拡大し、イギリスを除くヨーロッパ全域を影響下に置き、地中海を渡って、エジプトにまで足を踏み入れたナポレオンだったが、ロシア遠征の失敗(1812)を境に勢いを失い、1813年のライプツィヒの戦いで大敗、一気に形勢は逆転... ちょうどその頃、ヴェネツィアでブレイクを果たしたのが、ロッシーニ!20代になったばかりの若き作曲家は、瞬く間に国際的な名声を獲得。決定的にナポレオンを敗退させた、ワーテルローの戦いの翌年、1816年、傑作、『セヴィーリャの理髪師』を初演... 初演こそ失敗に終わるも、その人気はヨーロッパを席巻。ベートーヴェンの街、ウィーンでも人気に火が着き、楽聖は、脇に追いやられてしまう。いや、ベートーヴェンこそ、時代を象徴していたはずが、さらに新たな存在が、新しい時代を切り拓く!ということで、ベートーヴェンの5つのピアノ協奏曲のその後を見つめてみようと思う。
ベートーヴェンの5番のピアノ協奏曲、「皇帝」が初演された翌年、1812年、ブレイク目前のロッシーニのオペラ... マルク・ミンコフスキの指揮、ル・コンセール・デ・テュイルリーの演奏、アニック・マシス(ソプラノ)、ラウル・ヒメネス(テノール)、ロドニー・ギルフリー(バリトン)らの歌で、ロッシーニのファルサ『幸せな間違い』(ERATO/0630-17579-2)を聴く。

モーツァルトが世を去った翌年、1792年、ベートーヴェンがウィーンへと出て来た年、イタリア中部、アドリア海に面した街、ペーザロに生まれたロッシーニ。スタンダールは、ナポレオンが去って... と、語ったが、音楽史からすれば、モーツァルトが去って、ベートーヴェンがウィーンにやって来て、ロッシーニがこの世にやって来たわけだ。まさに、ポスト・モーツァルトの時代、新しい時代が幕を開ける1792年、とても象徴的なものを感じる。とはいえ、当時、22歳のベートーヴェンと、生まれて間もないロッシーニでは、大きな差がある。のだが、これが、驚くべきスピードで縮められて行く... ホルン奏者の父と、歌手の母の下に生まれたロッシーニは、音楽的に恵まれた環境で育ったと言える。一方で、その少年時代は、まさに戦争の真っ只中。当時、ローマ教皇領だったペーザロの街は、フランス軍と教皇庁の軍隊が取った取られたと激しくぶつかり合い、また熱狂的な自由主義者だったロッシーニの父は、教皇庁に目を付けられ投獄されたこともあったりと、穏やかではなかった。一家は、父の出身地、ルーゴを経て、歴史ある音楽の街、ボローニャへと移る(ルーゴもボローニャも、ナポレオンを大統領とするフランスの衛星国家、イタリア共和国に編入されていた... )。そこで、才能を開花させるロッシーニ!
まずは歌手として、1805年、13歳で、オペラ・デビュー。さらには、翌、1806年、14歳で、権威あるアカデミア・フィラルモニカ・ディ・ボローニャの会員に迎えられる。そう、14歳のモーツァルトが迎えられた、あのアカデミーである。つまり、ロッシーニ少年もまた、モーツァルト級の才能をすでに見せていたのだろう... で、その少し前に、ボローニャ音楽院にも入学していたロッシーニなのたけれど、対位法で苦しんだらしい。このあたりはモーツァルトとは違うか... すでに劇場のチェンバロ奏者として活躍していたロッシーニにとって、実地から学ぶことこそだったのかもしれない。そんなロッシーニの、実質的な最初のオペラは、新人作曲家の登竜門的存在だった、ヴェネツィアのサン・モイゼ劇場からの委嘱、1幕のファルサ『婚約手形』。1810年、18歳の時にもたらされた仕事は、まさに抜擢だった。以後、5つの作品がこの劇場のために書かれる。そして、その2作目となるのが、1812年、20歳の誕生日を迎える少し前に初演された1幕のファルサ『幸せな間違い』。このオペラはロッシーニとって最初の大成功となり、間もなくイタリア各地の劇場でも上演されるようになり、ブレイクの切っ掛けに...
で、その音楽なのだけれど、もう序曲からキャッチーで、まさにロッシーニ!いや、序曲に限らず、すでにロッシーニらしさが確立されていて、驚かされてしまう。もちろん、ロッシーニのオペラはナポリ楽派の延長線上にあるもの... 普段、顧みられない、モーツァルトと同時代のナポリ楽派のオペラ・ブッファを聴けば、すでにロッシーニを思わせる音楽を見出すことができる。が、そうした先人たちをベースにしながらも、模倣に留まらず、さらりと個性を響かせているロッシーニの早熟ぶりに、ナポレオンの次にヨーロッパを制覇する才能というものを思い知らされる。また、その音楽からは、後の傑作を思わせるフレーズが空耳のように聴こえて来るようで、ちょっとしたフレーズに、おおっ?!となる。そもそも、ロッシーニのオペラには似ているようなところが多いし、実際、序曲やら、メロディーやらを使い回すなんてことは珍しくはない。が、最初期の作品である『幸せな間違い』から、後のオペラを思わせる空耳が聴こえて来ることは、駆け出しの時代に、一気に自らの個性を完成させるロッシーニの驚くべき姿が窺えて、なればこそ、ベートーヴェンをも脇に追いやるほどの人気を、20代で確立できたのだろうなと... 何より、そういう勢い、若いからこそのフレッシュさで、『幸せな間違い』は、キラキラしている。
そんな『幸せな間違い』を、ミンコフスキで聴くのだけれど... ミンコフスキのロッシーニ、今を以ってしても珍しいのかも。いや、ちょっと意外な気がするくらい。で、本人にもそんな感覚があるのか?鬼才、ミンコフスキにしては、ちょっと慎重過ぎる帰来も無くもないのか。しかし、丁寧に捉えられた若きロッシーニの音楽は、キラキラとしていて、何とも言えない微笑ましさに包まれる。その微笑ましさを活かすように、端正な歌声を聴かせる歌手たちがまた素敵で... 炭鉱夫の姪?実は公爵夫人、イザベッラを歌うマシスのポジティヴなソプラノが、『オテロ』を思わせるストーリーを、幸せの方へと導くようで、印象的。そんなイザベッラを取り囲む男性陣も、それぞれに個性を活かしながらも、ナチュラルなアンサンブルを編み、悪役も含め、全体を品の良いハッピー感で包む。ファルサは、軽いオペラとなるわけだが、その軽さに、ファンタジーを生み出すような歌手たち、そして、ミンコフスキ... 若きロッシーニの魅力を、丁寧に引き出し、美しく響かせる。

ROSSINI – L'INGANNO FELICE
MARC MINKOWSKI

ロッシーニ : ファルサ 『幸せな間違い』

イザベッラ : アニック・マシス(ソプラノ)
ベルトランド : ラウル・ヒメネス(テノール)
バトーネ : ロドニー・ギルフリー(バリトン)
タラボット : ピエトロ・スパニョリ(バス)
オルモンド : ロレンツォ・ラガッツォ(バリトン)

マルク・ミンコフスキ/ル・コンセール・デ・テュイルリー

ERATO/0630-17579-2




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