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フィレンツェのローマ人、カヴァリエーリ、苦闘の果て... [before 2005]

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オペラを生んだ街、フィレンツェは、ブルネレスキ、ドナテッロらによって飾られ、ボッティチェッリが春を呼び、ダ・ヴィンチ、ミケランジェロを育てたルネサンスの花咲ける都... なればこそ、オペラも生まれた!が、フィレンツェにおけるルネサンスの絶頂期と、オペラへと至る道には断絶がある。1494年、フィレンツェ・ルネサンス、最大のパトロンにして、フィレンツェ共和国の僭主、メディチ家が権力の座から追われると、ドミニコ会修道士、サヴォナローラによる原理主義が街を乗っ取り、恐るべき文化破壊が繰り広げられる。サヴォナローラは間もなく火炙り(1498)となるも、この文化破壊によってフィレンツェの輝きは失われ、長い停滞の時代を迎える。その停滞の隙を突いて、メディチ家が政界復帰(1512)。当初、その支配は不安定なものだったが、神聖ローマ皇帝の裏書きを得て、1532年、フィレンツェ共和国は、フィレンツェ公国となり、1569年には、新生、トスカーナ大公国が成立する。16世紀、フィレンツェでは、メディチ家という主君の下、新たな宮廷文化が育まれることに... で、この宮廷の若さが、やがてオペラへと至る、伝統に縛られない音楽の革新を生む気風を醸成したか...
ということで、バロックの夜明け、才能が溢れ返るフィレンツェ楽壇、オペラへと至る道で繰り広げられる熾烈な競争を追いつつ、フィレンツェの宮廷の芸術監督を務めた、ローマ出身の作曲家、カヴァリエーリに注目。ヴァンサン・デュメストル率いる、ル・ポエム・アルモニークの歌と演奏で、カヴァリエーリのエレミア哀歌とレスポンソリウム集(Alpha/Alpha 011)を聴く。

エミリオ・デ・カヴァリエーリ(ca.1550-1602)。
パレストリーナ(1525-94)が教皇聖歌隊の楽長に就任し、ローマで活躍を始めた頃、1550年頃に、ローマで生まれたカヴァリエーリ。カヴァリエーリの一族はローマの貴族で、その家族は芸術の才能に恵まれ、特に父、トンマーゾは建築家であり、またミケランジェロのミューズ(恋人?)として知られる人物。また、兄、マリオは、至聖十字架オラトリオ会(後に、聖譚劇=オラトリオの拠点のひとつになる... )の音楽監督を務めており、1578年、カヴァリエーリは、オルガニストとして兄を手伝っている。そして、翌、1579年には、兄から音楽監督の仕事を引き継ぎ、1597年まで務めている。そうした中、知り合ったのが、至聖十字架オラトリオ会の会員、同世代で音楽通、メディチ家の枢機卿、フェルディナンド(1549-1609)。で、枢機卿の音楽監督も務めていたと考えられるのだけれど、このつながりがカヴァリエーリのキャリアに大きな飛躍をもたらす。1587年、枢機卿の兄、第2代、トスカーナ大公、フランチェスコ1世が急死。それにともない、枢機卿は還俗し、第3代、トスカーナ大公、フェルディナンド1世(在位 : 1587-1609)となり、カヴァリエーリは、新大公に付き従い、フィレンツェへと移り、1588年、宮廷の芸術監督(美術も含む... )のような地位に就く。そして、その最初の大仕事が、1589年、フェルディナンド1世と、ロレーヌ公女、クリスティーヌの婚礼における、インテルメディオ『ラ・ペッレグリーナ』。
モノディを発明するカメラータ(古代ギリシアの音楽を研究したアカデミー... )の主催者で、先の大公の下、カヴァリエーリの役割を担っていたヴェルニオ伯、バルディ(このインテルメディオの筋書きを書き、ディレクターも務める... )に、カメラータの一員で、そのモノディの発明に大きな役割を果たした巨匠、カッチーニ、やはりカメラータの一員で、後に最初のオペラの台本を書くことになる宮廷詩人、リヌッチーニ、そのオペラを作曲することになる若手、ペーリ、さらに、宮廷楽長、マルヴェッツィ、マドリガーレの大家、マレンツィオらが参加した、インテルメディオ『ラ・ペッレグリーナ』。こうした面々を統括することになるカヴァリエーリだったが、ローマからやって来た大公のお気に入りを素直に受け入れるほど、フィレンツェの宮廷は生易しくなかった。さらに、フィレンツェの楽壇にも対立があり、バルディのカメラータに参加しながら、新たな勢力を作り、作曲家たちを引き抜き、やがてオペラを誕生させるコルシが幅を利かせるようになると、1592年、バルディはローマへ去ることになる。先の大公の下で活躍した親バルディ、カッチーニら巨匠たちと、現大公の信任厚いカヴァリエーリ、さらにバルディ一派と袂を分かった若い世代による三つ巴... この熾烈な競争が、フィレンツェの音楽の革新を加速させて行く。
さて、ここで聴く、カヴァリエーリのエレミア哀歌とレスポンソリウム集は、1599年、ピサの聖ニコロ教会における四旬節、聖週間のために書かれた音楽... フィレンツェではなく、ピサ(中世に都市国家として繁栄を誇るも、やがてフィレンツェの支配を受けるようになり、当時はトスカーナ大公国の第2の港に甘んじていた... )というのが、気になるところ... で、その音楽、どこかフィレンツェの熾烈な競争から逃避するようであり、何とも言えない味わいがある。その味わいを生み出すのが、革新前夜、エモーショナルな多声マドリガーレを思わせるコーラスと、オペラ的な情感を切々と歌い上げるフィレンツェの革新を用いたソロの絶妙なる組合せ。革新前夜のもどかしさを、革新を用いて解放する。それが印象的に交替し、この世とあの世の間を彷徨うかのような、切なげな表情を織り成す。そこに、この時代を象徴する不協和音、半音階、メリスマを巧みに使い、ただならなさが生まれる。そうして魔法が掛かった音楽は、一音一音が体温を持ち始め、哀しみが肉感的なものとなり、時折、ゾクっとさせられる。また、より人間的な音楽を紡ぎ出すことで、かえって諦念の色を濃くし、心を抉られるよう。
という、カヴァリエーリのエレミア哀歌とレスポンソリウム集を、聖週間の流れに沿って歌う、デュメストル+ル・ポエム・アルモニーク。エレミア哀歌の後にはレスポンソリウムを置き、また、聖木曜日と聖金曜日の間にはクアリャーティのリチェルカーレ(track.13)を挿みアクセントとし、聖週間の朝課の雰囲気をより濃厚なものとしている。で、印象的なのが、アルバムの始まりと終わりに置かれたファルソボルドーネによる詩篇(track.1, 29)。即興的な装飾を施して歌う慣例に従い、独特なトーンを纏わせるル・ポエム・アルモニーク... まるでフォークロワを思わせるトーンで、古代の地中海文化圏の残照を感じさせ、インパクトを生む。いや、この独特な色彩感、東方教会を思わせるのか?あるいはグレゴリオ聖歌以前、古ローマ聖歌を歌っていた頃の教会のプリミティヴさを呼び覚ますのか?得も言えず秘儀的で、続くカヴァリエーリの音楽をより息衝かせる。そうして、ルネサンスからバロックへの革新という絞られた視点を一気に拡張し、時代に擦り減らされたカヴァリエーリという存在を解き放つような、より大きな感動へと導き、癒しをもたらしてくれる。

CAVALIERI - Lamentations
Le Poème Harmonique ・ Vincent Dumestre


カヴァリエーリ : エレミア哀歌とレスポンソリウム集

ヴァンサン・デュメストル/ル・ポエム・アルモニーク

Alpha/Alpha 011




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