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シンフォニスト、シベリウスの、近代と戦争と回想と... [before 2005]

寒い、とにかく、寒い!南ドイツ、ドナウ川では、落ちたキツネがそのまま凍ってしまった。という、ちょっとショッキングなニュースもあって、びっくりしたのだけれど、ヨーロッパ、今、もの凄い寒波に襲われているのだとか... で、日本列島も、各地、雪で大変なことに... 日曜、京都での都道府県対抗全国女子駅伝、吹雪の中を走る選手たちの姿がテレビに映し出された時は、目を疑ってしまった。で、長いコース、晴れているところもあったりと、凄まじい天気!それにしても、ただならない冬。「申酉騒ぐ」は、天候にまで当てはまるのか?さて、この寒さ、あとどのくらい続くのだろう?なんて考えると、気が重くなって来るので、逆に、寒い国の音楽を聴く!
ということで、前回に引き続き、パーヴォ・ベルグルンドの指揮、ヨーロッパ室内管弦楽団の演奏による、シベリウスの交響曲のツィクルスから、残りの2タイトル、4番、6番(FINLANDIA/0630-14951-2)と、5番、7番(FINLANDIA/0630-17278-2)を聴く。


パレストリーナへ回帰して、4番... マーラーの仄暗さに覆われて、6番...

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シベリウスの交響曲が、1番を除いて、全て20世紀に作曲されていると知った時は驚いた。シベリウスの交響曲は、19世紀、ロマン主義の交響曲の結晶のように響くから... が、よくよく聴いてみると、19世紀のイメージに留まっているばかりでないことに気付かされる。という、4番(track.5-8)。3番から4年を経て、1911年に作曲された交響曲には、その4年の間に経験した作曲家の病が反映されて、仄暗い。そして、その仄暗さに、表現主義を予感させるトーンが忍び寄り、底が抜けたような深さを見せる。シベリウスは、3番を初演(1907)して間もなく、マーラーと出会っているのだけれど、4番に響く仄暗さは、マーラーの濃密さを感じさせ、行き先を見失ったロマン主義の戸惑いや絶望を物語るよう。時代を強く意識させられる。のだが、そこから、6番(track.1-4)を聴くと、あまりに素直に明るいので、驚いてしまう。というのも、4番の後、世界は第一次大戦(1914-18)に突入。そして、フィンランドは、独立(1917)を宣言するも、白衛派(資本主義)、赤衛派(共産主義)が鋭く対峙し、フィンランド内戦(1918)が勃発。6番はそうした政治的な困難の中、作曲され、全てが片付いた後、1923年に完成。だからだろうか、逃避的に感じられヘヴンリー。それでいて全てが片付いた安堵感も広がって、明るい...
その明るさを象徴するのが、1楽章(track.1)。冒頭から教会旋法を用い、アルカイックな雰囲気が印象的。6番は、ルネサンスの大家、パレストリーナの影響があると言われるのだけれど、まさに... ロマン主義は退潮し、古典的な朗らかさ、軽やかさに包まれて、小気味良く展開されるあたりは、シベリウスの擬古典主義を思わせる。それはまた、音楽の原点に帰るようでもあり、イノセンスさを漂わせ、惹き込まれる。そしてそこに、世界が、フィンランドが、新しく始まろうとしている真新しい輝きを見出すようで、眩しくもあり... また、ルネサンス以来の対位法がさり気なくも真摯に用いられ、それがまた音楽をより輝かせ、その延長線上に、ミニマル・ミュージックを思わせるところも... シベリウスのミニマルっぽさは、6番に限らないわけだけれど、6番では、より踏み込んだ感覚があり、未来を響かせるのか... ルネサンス以来の絶対音楽の大きな流れが、ミニマルな形で結晶化する興味深さ。すると音楽は魔法のように消えてしまう。終楽章(track.4)の何気ない終わり方の妙。
しかし、ベルグルンド、ヨーロッパ室内管の演奏で聴くシベリウスには、驚かされる。今、改めて、聴けば聴くほど、シベリウスの音楽に新たな気付きをもたらしてくれる。まさに「室内」なればこその魔法... 魔法が紐解いて、全てが詳らかとなり、浮かび上がるシベリウスの変遷... 1番、2番、3番と聴いての4番(track.5-8)、そして、6番(track.1-4)。我が道を貫いたシベリウスのイメージを、より微細に見つめることで、そこから20世紀という激動をすくい上げるベルグルンド。ヨーロッパ室内管の明晰さが、パレストリーナからマーラーまで、卒なく掘り起こし、さらには、ミニマル・ミュージックまでを聴かせ、未来へとつなげる。ツィクルスとして聴く意義を、今さらながらに噛み締める演奏。感心させられるばかり。

SIBELIUS: SYMPHONIES NOS. 4 & 6
CHAMBER ORCHESTRA OF EUROPE, PAAVO BERGLUND

シベリウス : 交響曲 第6番 ニ短調 Op.104
シベリウス : 交響曲 第4番 イ短調 Op.63

パーヴォ・ベルグルンド/ヨーロッパ室内管弦楽団

FINLANDIA/0630-14951-2




シベリウスの戦争交響曲か、5番... それまでの歩みを回想する、7番...

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6番を先に聴いてしまったのだけれど、時間を戻しまして、第1次大戦中、1915年に作曲された5番(track.1-3)。シベリウス、生誕50年を祝うコンサートのために書かれた作品。ということで、その前後の交響曲とは違い、晴れやかさがある。のだけれど、その作曲は、なかなか大変だったよう... 第1次大戦の勃発により、経済は停滞、特にフィンランドはロシア帝国の一部であったことで、社会の困窮は深刻(宗主国、ロシアは、革命により崩壊!)で、シベリウスも経済的に苦境に立たされ、楽譜の売れる小品をいろいろ作曲し、凌いでいた。政府から年金が支給され、悠々自適... というイメージが先行しがちなシベリウスだけれど、必ずしもいつも裕福だったわけでない。それは、作曲家の派手な生活っぷりが原因の場合もあるのだけれど、第1次大戦、続くフィンランド内戦下では、政治的にも厳しい中で作曲を続けたシベリウス。5番もまさにそうした作品で、1915年の初演の後も改訂が続き、決定稿に至るのは第1次大戦の終結後、フィンランド内戦の翌年、1919年。今に聴く5番の晴れやかさは、平和の訪れと新しい時代の到来そのものなのかもしれない。一方で、終楽章(track.3)の冒頭などは、どこか戦場を思わせる緊張感や躍動感を見出し、シベリウスらしい瑞々しさの中に、硝煙が漂う気もする。そんな風にイメージすると、この交響曲は、シベリウスにとっての戦争交響曲にも思えて来る。そうして迎える、衝撃的な結末!強烈な6つの打音... 勝利を決定付ける爆発だろうか?平和の訪れを告げる花火だろうか?
そこから、最後の交響曲、7番(track.4)を聴くのだけれど、この交響曲が着想されたのは5番を作曲していた頃... で、5番は初演の後、改訂作業が続いたことを考えると、5番、6番、7番は、兄弟のような関係と言えるのかもしれない。そして、末の弟、7番には、5番の瑞々しさ、6番のアルカイックさが引き継がれ、集大成的な性格が見えて来る。一方で、単一楽章の7番は、伝統的な「交響曲」という形が融解してしまい、それ以前の交響曲とは一味違う。初演時のタイトルも、交響的幻想曲だったり... いや、まさに幻想曲!幻想的なイメージの中に、それまでの交響曲を回想するような感覚があって、惹き込まれる。また、初期の交響曲に帰るようなロマンティックさも見せて、シベリウスの歩みがひとつに結ばれるかのよう。で、1番から順を追って聴いて来ると、その感動はより大きくなり、これがシベリウスの最後の交響曲なのだなと腑に落ちるものがある。
ということで、「室内」という規模からシンフォニスト、シベリウスを捉え直したベルグルンド、ヨーロッパ室内管。改めて聴き進めてみると、本当に感慨深い。丁寧にシベリウスと向き合い、音符のひとつひとつをしっかりと鳴らして生まれるシベリウスの真の表情の新鮮さ!そうか、こういう時代を生き、こういう作曲家だったのだなと、納得すらしてしまう。そして、それを実現させたスペシャリスト、ベルグルンドの読みの深さ。ヨーロッパ室内管の「室内」ならではの繊細さと、「室内」というスケールを越えてしまうパワフルさ!今さらながらに魅了され、ツィクルスを聴き終えて、大きな感動で充たされる。

SIBELIUS: SYMPHONIES NOS. 5 & 7
CHAMBER ORCHESTRA OF EUROPE, PAAVO BERGLUND

シベリウス : 交響曲 第5番 変ホ長調 Op.82
シベリウス : 交響曲 第7番 ハ長調 Op.105

パーヴォ・ベルグルンド/ヨーロッパ室内管弦楽団

FINLANDIA/0630-17278-2




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