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ブラームス、交響曲、2番。 [2016]

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19世紀、ロマン派の作曲家による交響曲をつぶさに見つめると、大なり小なり、18世紀、古典主義の存在を感じる。そもそも、交響曲というものが、18世紀生まれであって、その性格は、理性を尊ぶ啓蒙主義の時代を反映するもの... 突き詰めて考えれば、古典主義のカウンター・カルチャーとして登場した、まさにロマンチックなロマン主義と、絶対音楽=交響曲は相容れない気がする(それを強引に処理してみせたのが、交響詩なのだと思う... )。しかし、交響曲が大輪の花を咲かせるのは、19世紀に入ってからというジレンマ... 音楽史とは、往々にしてもどかしいところがある。けれど、そのもどかしさこそが、音楽史の流れを厚みのあるものとし、興味は尽きない。ということで、そのもどかしさの沸点にある作曲家だろうか?ブラームスに注目してみる。
ロマン主義、ど真ん中に在りながら、古典を意識し、そこから堅牢なアカデミズムを築いて行った新古典派、ブラームス... パーヴォ・ヤルヴィが率いるドイツ・カンマーフィルハーモニーの演奏で、ブラームスの2番の交響曲(RCA RED SEAL/88985459462)を聴く。

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シューマン、交響曲全集。 [before 2005]

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さようなら、連休。そうして、再び喧騒が戻って来る。これには、気が滅入ります。一方で、春はますます以って勢い付いて、勢い余って、いきなり夏日みたいなことになるのだろうなァ。で、早速、夏バテ気味みたいな状態に陥るのだろうなァ。ということを恐れつつも、大気が一気に生気に充ち満ちて、プレ夏バテを起こすほどパワフルになってしまう5月の陽気って、嫌いじゃない。「5月病」という言葉もあるけれど、周りの景色を見渡せば、一年で、最もポジティヴな時期に思えて来る5月... ということで、美しき5月の到来を歌い幕を開けるメルヒェン、シューマンのオラトリオ『ばらの巡礼』を聴いたので、今度は、同じくシューマンの、「春」の交響曲を聴いてみようかなと... いや、シューマンの音楽には、"春"をイメージさせる要素が多いように感じる。初々しさ、花々しさ、ナイーヴさ、のどやかさ... でもって、その交響曲は、まさに5月の勢い付く春の姿を思わせて、好き!
ということで、ジョン・エリオット・ガーディナー率いるオルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティークの演奏で、習作的なツヴィッカウ交響曲に、4番の初稿なども取り上げ、マニアックに網羅する3枚組、シューマンの交響曲全集(ARCHIV/457 591-2)を聴く。

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シューマン、ばらの巡礼。 [before 2005]

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5月です。そして、連休です。でもって、家にいます。
いや、輝かしき5月!今日は、ちょっと天候が優れないものの、太陽の光は燦々と降り注ぎ、花はあちこちで咲いていて、まさに、春爛漫の5月。それは、一年で、最も麗しい時期と言えるのかもしれません。そういう中で、家にいるって、どーなんだろ?いやいや、行楽地は、今頃、どこも大変なことになっているのだろうなァ。一年で、最も麗しい時期なればこその、麗しからざる混雑が生まれるというジレンマ... 一方で、家の周りは驚くほど静か!こうも静かになるものかと、ちょっと驚かされるほど... で、その静けさの中で感じる春爛漫は、ささやかながら、より麗しさが引き立つような... と、この間、線路際を散歩していて、ふと思う。ということで、5月な音楽を聴いてみようかなと... 作曲家たちも、5月から、いろいろインスパイアされているのだよね。モーツァルトの「五月の歌」を始めとして、ベートーヴェン、シューベルト、メンデルスゾーン...
そして、今回は、マーカス・クリードが率いたRIAS室内合唱団と、クリスティアーネ・エルツェ(ソプラノ)、ビルギット・レンメルト(アルト)、ヴェルナー・ギューラ(テノール)、ハンノ・ミューラー・ブラッハマン(バス)らの歌、フィリップ・メイヤーズによるピリオドのピアノの伴奏で、シューマンのオラトリオ『ばらの巡礼』(harmonia mundi FRANCE/HMA 1951668)を聴く。

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ブルックナー、8番の交響曲。 [before 2005]

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音楽で世界が浄化できたならば... そんなことをつい妄想してしまう今日この頃、世界を浄化できる音楽があるとするならば、それはどんな音楽だろう?ということで、モーツァルトの「ジュピター」と、シューベルトの「グレイト」を聴いたのだけれど、ここで、大本命、ブルックナー!いや、ブルックナーの交響曲って、「浄化」と言うより、「消毒」ってくらいに強烈なサウンドを放って来て、ただならないインパクトがある。絶対音楽たる交響曲の、その極北にあるだろうブルックナーの交響曲の峻厳さは、聴き手にとって、時として暴力的ですらあって、恐くすらなる(いや、以前は苦手でした... )。けど、それは、間違いなく壮麗で、圧倒的で、音楽というスケールで捉えることをやめると、ナチュラルに受け止めることができるのか... 受け止めてしまえば、後はもう、浄化されるがまま?
ということで、「ジュピター」、「グレイト」に続いての、音楽による浄化の試み、最終兵器!ブルックナーの交響曲... リッカルド・シャイーが率いたロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏で、ブルックナーの8番の交響曲(DECCA/466 653-2)を聴く。

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シューベルト、グレイト。 [2013]

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先日、本屋をふらぁ~っとしていたら、お清めになるという"音"を収録したCD付きの本を発見して、驚いた。いや、おもしろい!神社にお参りした時、パンっ、パンっと柏手を打つのは、その場の空気(前の人の願い事やら、何やら、いろいろ残っている思念?みたいなの... )をリセットする意味合いがある、というような話しを聞いたことがあるのだけれど、パンっという衝撃音が空気を震わせることで、場を浄めるというのは、結構、物理的に理に適っているような気がする。例えば、メガネ屋さんの店先で見掛ける、振動でメガネを洗浄する機械があるように、音=空気の振動で以って、空間を洗浄するというのは、アリなんじゃないかなと... とすると、音楽だったならば、よりそうした効果が見込めるんじゃないか?ということで、ニュースを見ていると、ゴミ溜めの中にいる気分にさせられる不浄極まる今日この頃を浄めるために、音楽を聴く。で、より高い浄化能力を持つ音楽は何だろう?と、いろいろ考えてみるのだけれど、やっぱり絶対音楽かなと... それも、パワフルな交響曲とか...
で、モーツァルトの「ジュピター」に続いて、シューベルトの「ザ・グレイト」で、浄化。デイヴィッド・ジンマンが率いたチューリヒ・トーンハレ管弦楽団の演奏による、シューベルトの8番の交響曲、「ザ・グレイト」(RCA RED SEAL/88697973982)を聴く。

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モーツァルト、ジュピター。 [before 2005]

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近頃、世の中、どんどんこんがらがってます。でもって、誰も、その"こんがらがり"を解こうとはしないのだよね... 解かねば、何も解決しないはずなのに、解こうとしない。それどころか、余計にこんがらがらせて、悦に入っているようなところもあって、いや、もうついて行けない。てか、そのこんがらがり様を、日々、目の当たりにさせられると、疲弊します。ところで、最近、風が強い日が多いような... いや、強いどころか、いろいろ被害をもたらすことも... 夜中なんかに、ゴォーッ、ゴォーッという、凄い音を耳にすると、恐くなる。けど、これって、今の"こんがらがり"を、大気が吹き浄めようとしているのでは?ふと、そんなイメージが頭に浮かぶ。もちろん、春、本格化を前にした気象現象に過ぎないのだけれど、ワーグナーの"指環"の最後に重なるような... 四夜に渡って、ただならずこんがらがってしまった古の世界は、ライン河の氾濫によって、全てが押し流され、清浄を取り戻すわけだけれど、ご都合主義に思えた、あの『神々の黄昏』のフィナーレも、今となっては、もの凄く、共感できる。って、それは、自棄が過ぎるか... そこで、風でも、洪水でもなく、"こんがらがり"を浄めるために、音楽を聴く!
ということで、モーツァルト... アマデウス、神に愛された天才が持つ無垢は、癒しを越えて、浄化を促す?ような気がして... ジョン・エリオット・ガーディナー率いる、イングリッシュ・バロック・ソロイスツの演奏で、モーツァルトが至った希有な境地を響かせる、最後の2つの交響曲、エモーショナルな第40番と、パワフルな41番、「ジュピター」(PHILIPS/426 315-2)を聴く。

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エイヴィソン、ドメニコ・スカルラッティの練習曲に基づく7声の協奏曲。 [before 2005]

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ポルトガル王女からスペイン王妃となったマリア・バルバラ(1711-58)の下、密やかに生み出されていた、マリア・バルバラの師、ドメニコ・スカルラッティ(1685-1757)の鍵盤楽器のためのソナタの数々は、スター・カストラート、ファリネッリ(ロンドンで活躍した後、マドリードの宮廷に招聘されていた... )が見出したことで、1738年、ヨーロッパ切っての音楽マーケット、ロンドンにて、出版される。すると、海賊版が出回るほどの評判を呼び、そこから新たな展開が生まれることに... 鍵盤楽器のためのソナタは、合奏協奏曲にアレンジされる!それは、評判の洋楽を、自国流にアレンジして、より楽しんじゃおう!みたいなノリだったろうか... ドメニコ・スカルラッティに限らず、様々なアレンジ(大人気だったコレッリの作品とか... )を生み出しているのが、18世紀、イギリスの音楽シーンのおもしろいところ。ヨーロッパ大陸を凌ぐロンドンの繁栄がありながらも、海を渡った対岸というローカル性も自覚していた、その頃のイギリス、日本における洋楽、邦楽に似た感覚が存在したのかも?そんな風に捉えると、当時のイギリスの音楽ファンに親近感を覚え、遠い時代がより近くに感じられる気がして来る。
ということで、合奏協奏曲にアレンジされたドメニコ・スカルラッティの鍵盤楽器のためのソナタ... カフェ・ツィンマーマンの演奏で、ヘンデルの時代からヨハン・クリスティアン・バッハがロンドンにやって来た頃まで、作曲家として、著述家として、イギリスで活躍した、エイヴィソン(1709-70)による、ドメニコ・スカルラッティの練習曲に基づく7声の協奏曲(Alpha/Alpha 031)を聴く。

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秘密の実験室で生まれた、不思議な光を放つソナタ、スカルラッティ。 [before 2005]

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鍵盤楽器のためのソナタでお馴染みのドメニコ・スカルラッティ。なのだけど、改めて音楽史からその存在を見つめると、掴みどころがないような印象があって、戸惑いを感じることも... バッハ、ヘンデルと同い年、盛期バロックに活躍した世代でありながら、バッハ、ヘンデルの時代感覚とは、どこかズレているようで、そのズレがまた、より先を行くようでもあり、遅れているようでもあり、鍵盤楽器のためのソナタのみならず、ドメニコ・スカルラッティの音楽に触れていると、時代感覚が消失してしまいそうで、不思議。で、この不思議さは、どこから来るのか?いろいろ考えてみると、マイペースさから来るような気がする。イタリアの最新のスタイルを吸収しようと、そのコピーを試みたバッハ、イタリア・オペラ・ブームに乗りつつ、そのブームに振り回されたヘンデルが象徴するように、モードが強く意識された時代、ドメニコ・スカルラッティは、少し奇妙に思えるほど、そうしたモードから距離を取るのか... なればこそ、その音楽は、今を以ってしても瑞々しさを保ち続けているように思う。
ということで、前回、ピアノによるソナタを聴いたので、今度はチェンバロで... クリストフ・ルセの演奏による、ドメニコ・スカルラッティのソナタ(L'OISEAU-LYRE/458 165-2)。そうして、ドメニコ・スカルラッティ、その人について、改めて見つめ直してみる。

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スカルラッティを、ピアノで、弾く。 [before 2005]

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クープランのクラヴサン曲集を、ピアノで奏でると、クープランの音楽は丸裸にされるようで、ちょっとハラハラさせられる。クラヴサンならば、十分に充たされていたサウンドも、より万能なピアノで捉えると、どこか物足りない?かと思うと、クラヴサン独特の音響によってぼんやりとしていた対位法は、クリアに展開され、刺激的!情緒的ばかりでないクープランの聴き応えが、新鮮。いや、良くも悪くも、ピアノというマシーンの前では、偽ることができないのだなと... いつものように、ピアノのための作品を、ピアノで聴いていてはわからない感覚が、実に興味深く、今さらながらに、ピアノの凄さを思い知らされる。一方で、チェンバロとピアノの間にいた作曲家の音楽はどうだろう?クープランの17歳年下となるバッハは、ピアノのための作品は書いていないものの、ピアノを弾く経験をしている。で、その経験は、鍵盤楽器のための作品を書く上で、某か作用しているように感じる。ピアノのために最初の作品を書いたジュスティーニは、バッハと同い年。そのピアノのための12のソナタは、明らかにピアノのための音楽であることを意識させられる。それから、もうひとり同い年の作曲家、ドメニコ・スカルラッティは...
ということで、バッハよりも早くピアノに触れていたかもしれない、ジュスティーニより早くピアノで弾くことを意識した作品を書いていたかもしれない、ドメニコ・スカルラッティに注目。鬼才、イーヴォ・ポゴレリチの演奏で、ドメニコ・スカルラッティのソナタ(Deutsche Grammophon/435 855-2)。ピアノによるクープランに続いての、ピアノによるスカルラッティを聴いてみる。

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クープランを、ピアノで、弾く。 [before 2005]

ピアノが発明されるのが、1700年前後。初めてピアノのために作品が書かれるのが、1732年。多くの鍵盤楽器のための作品を書いたバッハ(1685-1750)は、1730年代にピアノを弾く経験をしているが、ピアノのための作品は残さなかった。が、そのバッハの末息子、ヨハン・クリスティアン(1735-82)は、1762年にロンドンに渡り、量産されるスクエア・ピアノを目の当たりにし、やがてピアノのためのコンチェルトを書いている。そのロンドンのバッハ、ヨハン・クリスティアンを訪ね、影響を受けたのが、最初期のピアノのヴィルトゥオーゾ、モーツァルト(1756-91)。という風に振り返ると、ピアノという楽器が音楽シーンの中心で輝くには、おおよそ3世代が必要だったことが浮かび上がる。そして、その3世代の間に、クラヴサン―チェンバロは、じわりじわりと衰退して行ったわけで、バロックから古典主義へとうつろう中での、鍵盤楽器の栄枯盛衰は、感慨深いものがある。
そんな栄枯盛衰を乗り越えて?クラヴサン黄金期の作品を、ピアノで聴いてみたら... ということで、カナダのピアノのマエストラ、アンジェラ・ヒューイットが弾く、クープランのクラヴサン曲集、2タイトル。第2巻と第3巻からの組曲による1枚目(hyperion/CDA 67440)と、第4巻からの組曲を取り上げる2枚目(hyperion/CDA 67480)の2つのアルバムを聴く。

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