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ロッシーニ、アルジェのイタリア女。 [before 2005]

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ベートーヴェンがディアベリ変奏曲を作曲していた頃、1820年代、ウィーンっ子たちは、ロッシーニに熱狂していた。というのも、ロッシーニのプロモーターとも言える存在、バルバイア(本来は、ナポリ、サン・カルロ劇場の支配人。ロッシーニをナポリに招聘したことで、その関係が始まる... )が、1821年、ケルントナートーア劇場の支配人にも就任。翌、1822年には、作曲家自身を呼んで、ロッシーニ・フェスティヴァルを開催。ウィーンっ子たちは、イタリアからやって来た新たな天才の虜となってしまう。でもって、そんな状況に、ベートーヴェンは臍を曲げてしまう。作曲を進めていた第九の初演を、ウィーンではなくベルリンで行おうと動き出すのだったが、ウィーンの支援者たち、友人たちが、それを思い留まらせ、1824年、ロッシーニ・フェスティヴァルと同じケルントナートーア劇場で初演を迎えることに... というエピソードからも、当時のロッシーニ・ブームの凄さを垣間見ることができる。ということで、時代を少し遡り、そのロッシーニ・ブームの始まりを見つめてみようかなと...
クラウディオ・アバドの指揮、ウィーン国立歌劇場、アグネス・バルツァ(メッゾ・ソプラノ)、ルッジェーロ・ライモンディ(バス)ら、往年のスターたちによる、ロッシーニ・ブームの始まり、オペラ『アルジェのイタリア女』(Deutsche Grammophon/427 331-2)を聴く。

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ベートーヴェン、ディアベリ変奏曲。 [2013]

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ポスト・モーツァルトの時代を、ベートーヴェンの5つのピアノ協奏曲で巡って来て、前回、ロッシーニの登場に注目してみたのだけれど... ナポレオンが去って、ロッシーニがやって来た。スタンダールの言は、まさにだなと感じる。ナポレオン戦争の荒ぶる時代を体現したベートーヴェンに対して、ナポレオン敗退後、ウィーン体制による保守反動の時代を席巻した若き才能、ロッシーニ。18世紀、ナポリ楽派の伝統を踏襲するその音楽は、保守的な時代の気分に応えつつ、若々しい軽快さが、反動による停滞に、爽やかさをもたらしたか... ロッシーニの音楽を改めて見つめると、その時代に、絶妙にフィットしていたことが窺える。一方で、ロッシーニの時代に晩年を迎えたベートーヴェンは、大いに苦しむことになる。が、苦しんで至る境地があって、楽聖なのだなと...
ということで、ベートーヴェンの晩年、まさに苦しんで至った境地を象徴するような音楽、ベートーヴェンのディアベリ変奏曲。アンドラーシュ・シフが、モダンのピアノと、ピリオドのピアノを用いて弾き分ける、大胆な2枚組(ECM NEW SERIES/4810446)を聴く。

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ロッシーニ、幸せな間違い。 [before 2005]

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ナポレオンが去って、ロッシーニがやって来た。と、言ったのは、スタンダール...
フランスの国土をそれまでにあり得ないほど拡大し、イギリスを除くヨーロッパ全域を影響下に置き、地中海を渡って、エジプトにまで足を踏み入れたナポレオンだったが、ロシア遠征の失敗(1812)を境に勢いを失い、1813年のライプツィヒの戦いで大敗、一気に形勢は逆転... ちょうどその頃、ヴェネツィアでブレイクを果たしたのが、ロッシーニ!20代になったばかりの若き作曲家は、瞬く間に国際的な名声を獲得。決定的にナポレオンを敗退させた、ワーテルローの戦いの翌年、1816年、傑作、『セヴィーリャの理髪師』を初演... 初演こそ失敗に終わるも、その人気はヨーロッパを席巻。ベートーヴェンの街、ウィーンでも人気に火が着き、楽聖は、脇に追いやられてしまう。いや、ベートーヴェンこそ、時代を象徴していたはずが、さらに新たな存在が、新しい時代を切り拓く!ということで、ベートーヴェンの5つのピアノ協奏曲のその後を見つめてみようと思う。
ベートーヴェンの5番のピアノ協奏曲、「皇帝」が初演された翌年、1812年、ブレイク目前のロッシーニのオペラ... マルク・ミンコフスキの指揮、ル・コンセール・デ・テュイルリーの演奏、アニック・マシス(ソプラノ)、ラウル・ヒメネス(テノール)、ロドニー・ギルフリー(バリトン)らの歌で、ロッシーニのファルサ『幸せな間違い』(ERATO/0630-17579-2)を聴く。

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戦火の時代、失われた華麗さを求めて、ベートーヴェン、「皇帝」。 [before 2005]

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さて、ベートーヴェンのピアノ協奏曲を、作曲年代順に聴いて来ての最後、5番、「皇帝」です。で、この5番が作曲された年、とうとう、戦争が、直接、ウィーンを襲う事態に... 1805年、アウステルリッツの戦いに大敗したオーストリアは、プレスブルクの和約を結び、ナポレオン戦争から離脱。翌、1806年には、皇帝、フランツ2世が、中世以来、西ヨーロッパの君主の筆頭である神聖ローマ皇帝の位を降り(以後、オーストリア皇帝... )、フランス皇帝、ナポレオンに取って代わられる。しかし、リベンジを窺うオーストリア... 再び軍備を整え、1809年、4月9日、フランスに宣戦布告、バイエルンへと侵攻を試みるのだったが、フランス軍に押し戻されてしまうオーストリア軍。5月9日には、ウィーン近郊がフランス軍に占領され、翌、10日には、包囲されてしまう、ウィーン... そして、11日の夜、突然、砲撃が始まる。ハイドンは、屋敷に留まり怯える使用人たちを安心させようと気を吐き、ベートーヴェンは、弟の家の地下室に避難、失われつつある聴力を爆音から守ろうと必死で枕に頭を埋めていた。その砲撃は、一晩中、続き、翌朝、オーストリアの守備隊が降伏。ウィーンは、フランス軍に占領される。
そうした年に書かれた、ベートーヴェンのピアノ協奏曲... ロバート・レヴィンのフォルテピアノ、ジョン・エリオット・ガーディナー率いるオルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティークの演奏で、ツィクルスの最後、5番、「皇帝」(ARCHIV/447 771-2)を聴く。

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新しい時代の芸術家、ベートーヴェン、我が道を行く、ハ長調ミサ。 [before 2005]

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ベートーヴェンの生涯を振り返って驚かされるのは、セレヴたちとの厚いコネクション... もちろん、人気のヴィルトゥオーゾ・ピアニストならば、そういうつながりは、当然、生まれてくるのだろうけれど、ベートーヴェンの凄いところは、そうなる以前から、セレヴたちと交友関係を結べているところ... いや、セレヴの友人たちに支えられてこそ、ウィーンの音楽シーンでの活躍の場を得ている。そうしたあたり、どこかシューベルトとも重なるのだけれど、シューベルトとの決定的な違いは、セレヴの友人たちの格の違い!何しろ、皇帝の弟(ルドルフ大公)が、忠実な弟子だったベートーヴェン。その関係性を見つめると、モーツァルトの時代では、思いも付かないものがある。もちろん、それに値するだけの才能、誰をも惹き付ける音楽があってこそ、なのだけれど、ベートーヴェンその人の魅力、そこから生まれる社交性も大きかったと思う。ベートーヴェン像のステレオタイプ、晩年のイカニモな芸術家風情、偏屈なイメージからは想像し難い、セレヴたちとの交友を育むベートーヴェンもまたベートーヴェン...
ということで、ハンガリー切ってのセレヴ、エステルハージ侯爵家とも縁のあったベートーヴェン。そして、侯爵夫人の命名日の祝祭のためのミサを、この人も書いていた!ジョン・エリオット・ガーディナー率いるオルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティークの演奏、モンテヴェルディ合唱団らの歌で、ベートーヴェンのハ長調のミサ(ARCHIV/435 391-2)を聴く。

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動乱の時代、育まれるベートヴェンという個性。 [before 2005]

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ハイドンが書いた、エステルハージ侯爵夫人、マリア・ヨーゼファ・ヘルメンギルデの命名日の祝祭のための6つのミサ。1796年から1802年まで、毎年、同じ日(命名日は9月8日だが、祝祭はその日を中心に行われる... よって初演日はまちまち... )のために書かれた音楽は、どこか定点観測のようで、そのひとつひとつを追うと、ポスト・モーツァルトの時代の激動が浮かび上がる。例えば、1797年の命名日のために用意されていた戦時のミサは、まさにその名の通り、フランス革命戦争(1792-1802)の最中であり、翌、1798年の命名日のために作曲されたネルソン・ミサは、対仏大同盟で活躍したイギリスの提督、ネルソンに因む。それでいて、ちょうどエステルハージ侯爵家のオーケストラから管楽器奏者がリストラされ、シンプルな編成による音楽となっている。これも、戦時下の影響だろうか... 1789年のフランス革命以来、大きく揺さぶられるヨーロッパ。革命の理想は間もなく幻想となり、恐怖政治、殺戮、破壊、侵略戦争と、それまでの穏やかさが考えられない状況が襲い掛かる。が、その荒ぶる時代が、作曲家たちに刺激を与え、よりパワフルで、ダイナミックな音楽を生み出す。そうした時代の申し子が、ベートーヴェンなのかもしれない。荒ぶる時代こそが、その希有な個性を形作ったか?
ということで、ベートーヴェンのピアノ協奏曲... 18世紀末、モーツァルトの影響下にあった2番、ベートーヴェンという個性が生まれようとしていた1番に続いて、世紀が改まっての3番と4番、ロバート・レヴィンのフォルテピアノ、ジョン・エリオット・ガーディナー率いる、オルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティークのツィクルス、第2弾(ARCHIV/457 608-2)で聴く。

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束の間の平和、踏み出される一歩、19世紀のハイドン。 [before 2005]

ポスト・モーツァルトの時代を、ベートーヴェンのピアノ協奏曲を軸に俯瞰してみよう... ということで、前回、1795年に完成した、ベートーヴェンの1番の2番のピアノ協奏曲を聴いたのだけれど、そんなピアノ協奏曲を引っ提げて、18世紀末、ベートーヴェンは、すでにピアニストとして活躍を始めていたわけだ。そうした中、ベートーヴェンの師、ハイドンもまだ健在で、『天地創造』(1799)、『四季』(1801)と、2つのオラトリオを世に送り出して、気を吐いている。まさに、ポスト・モーツァルトの時代の、興味深い情景!19世紀の人、ベートーヴェンと、18世紀の人、ハイドンが、同じ場所=ウィーンで活躍しているという、興味深さ... この新旧の重なりが、ポスト・モーツァルトの時代のおもしろさかなと... 考えてみると、何と贅沢な時代だったのだろう。で、ベートーヴェンの1番の2番のピアノ協奏曲の後に作曲された、ハイドンの2つのミサを聴いてみようと思う。
ニコラウス・アーノンクールが率いた、コンツェントゥス・ムジクス・ウィーンの演奏、そして、アルノルト・シェーンベルク合唱団らによる、ハイドンの天地創造ミサ(TELDEC/3984-26094-2)と、ハルモニー・ミサ(TELDEC/3984-21474-2)を聴く。

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ポスト・モーツァルトの時代、ベートーヴェン、帝都に行く! [before 2005]

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5月となりました。春も本番です。いや、すでに暑いくらいの初夏の陽気... ならば、そんな気分の音楽?この春、モーツァルトの時代の音楽をざっと見渡して来たのですが、気になるのは、その後、ポスト・モーツァルトの時代。モーツァルトから19世紀へ、音楽史はどんな変貌を遂げて行くのだろう。で、春を思わせたウィーン古典派の音楽が、夏に向かって勢い付いてくような、ベートーヴェンの成長を追ってみようかなと... そのベートーヴェンは、14歳のモーツァルトが、ミラノにて、『ポントの王、ミトリダーテ』で大成功した時、ボンで生まれている。という風に切り取ると、世代的にかなり近い気がするものの、その音楽に触れれば、かなり距離を感じてしまう。18世紀の人、モーツァルト、19世紀の人、ベートーヴェン... だけれど、あえてそこにつながりを探ったならば、ポスト・モーツァルトの時代が、より活き活きと見えて来るような気がして... そして、ベートーヴェンは、如何にしてベートーヴェンへと成長を遂げたのかが見えて来るような気がして... そこで、ベートーヴェンの5つのピアノ協奏曲を、同時代の音楽とともに俯瞰し、18世紀から19世紀へ、うつろう時代を改めて捉えてみる。
ということで、ロバート・レヴィンのフォルテピアノ、ジョン・エリオット・ガーディナー率いるオルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティークの演奏による、ベートーヴェンのピアノ協奏曲のツィクルスから、1番と2番のピアノ協奏曲(ARCHIV/453 438-2)を聴く。

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2台のピアノで辿る、フランス音楽の厚み、幅... [before 2005]

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さて、大統領選を巡って、にわかに注目を集めるフランス(って、ここ東アジアでは、北の将軍様には敵わないのだけれど... )。極右の席巻、移民の増大、格差の拡大、共和政の弱体化、失われる伝統... そんな言葉を目の当たりにすると、一体、フランスはどうなってしまうんだ!?なんて、日本人の方が心配してしまいそう。いや、日本人は、「フランス」に対して、下手な幻想を抱きがちなのかもしれない。例えば、フランス革命にしても、そう輝かしいものではないし、現在に至るまで、何度、革命をやった?てか、マリー・アントワネットをギロチンに追いやってからというもの、結構、踏んだり蹴ったりなのが、フランスの真実の姿。ならば、今のフランスなんて、何も驚くことはありません。それでも抱いてしまう「フランス」という幻想を思うと、この国のブランド力の底力を思い知らされる。それだけの厚みや幅のあるフランス... そのあたりを音楽から辿ってみたらどうなるか?
ということで、フランス音楽... いや、音楽にこそ反映されるもの、炙り出されるものもあるなと、興味深く感じる多彩なフランス音楽... ジョス・ファン・インマゼールと、クレール・シュヴァリエのピリオドのピアノによる、サン・サーンス、フランク、インファンテ、プーランクの2台のピアのための作品集、"PIÈCES POUR PIANO"(Zig-Zag Territoires/ZZT 030903)を聴く。

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タイスの瞑想曲ばかりじゃない、マスネならではの確かな美... [before 2005]

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タイスの瞑想曲。知らない人はいない、クラシックの枠を越えて有名な曲だけれど、この曲がどういう曲であるかは、普段、あまり意識しない。で、どういう曲だったっけ?と、今さらながらに再確認... タイスの瞑想曲は、マスネのオペラ『タイス』の2幕の間奏曲として作曲されたもの。そうそう。そうでした。ソロ・ヴァイオリンが活躍するだけに、ヴァイオリニストのアンコール・ピースみたいなイメージがあるけれど、元々はオペラなのだよね... ということは、いつも聴いているやつは、ヴァイオリン用にアレンジされたものなのかな?なんて、漠然と思っていたら、いやいや、オリジナル自体が、そういう形なのでした。でもって、オペラでは、そこにコーラスが付く!しかし、こんなにも有名なのに、オペラ『タイス』に関してはスルーされ過ぎなのかも... そもそも、マスネの存在感が薄い... フランス・オペラの大家であるはずなのに、なぜだろう?改めて考えると、不思議...
ということで、マスネに、タイスに、改めて注目!トーマス・ハンプソン(バリトン)、ジュゼッペ・サッバティーニ(テノール)、そして、タイトルロールにルネ・フレミング(ソプラノ)という豪華なキャスティングで、イヴ・アベルの指揮、ボルドー国立歌劇場による、マスネのオペラ『タイス』(DECCA/466 766-2)。タイスの瞑想曲ばかりじゃない、マスネならではの確かな美に触れる。

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